「最低賃金千円を農民に当てはめると、コメ60キロの値段が1万8千~2万円(取引価格平均)にならないと実現しないですね」
中央最低賃金審議会で2021年度最低賃金の目安議論が行われていた7月上旬、取材で訪れた農民運動全国連合会(農民連)の笹渡義夫副会長はそう言うと、苦く笑った。農民が得る〝賃金〟は、ずっと最賃割れのような状況だという。
●食料支援に奔走する農民
新型コロナウイルス禍で生活に困窮する全国各地の人々に、食料支援で活躍する農民たち。その農民たちの生活は今、どんな状況なのか、取材に行った。取材を思いついたのは、7月に行われた女性を対象にした相談会(第二東京弁護士会など主催)に、食料を届けに来た女性の農民の言葉がきっかけだった。
女性は約10キロの朝どれトマトを背負い、茨城県取手市から都内の相談会会場へやってきた。地元でもコロナ禍で困窮する大学生やシングルマザーなどを支援するために、食料配布に野菜やコメを提供しているという。「農民だからね。食べる物がない……と聞くのは本当につらい。なので、食料を手にして笑顔になった人を見ると本当にうれしい」と語る。
手早くトマトを並べながら、少し顔を曇らせて言った。「食料を届けるのは私たちの喜びでもあるけれど、何度もやっていると、こんなに食べられない困窮者がいるのに国は何やっているのって思っちゃうよね。公助はどうしたんだろう。農民におんぶに抱っこなの? 私たちだってもうもたないよ」
●下落が続く米価
コメの価格下落が続き、農家はギリギリの生活を強いられているのだという。農民連によると、コロナ禍の中で、巣ごもり需要の増加が報じられ、コメの需要が伸びているように見えるが、実際は外食の減少や昨年の学校給食の中止、インバウンド(訪日外国人)の減少などで消費量は減少している。人口減などで毎年10万トンが減少する傾向にあるが、19年7月から20年6月の消費量は前年比21万トン減少したという。つまりコロナ禍で10万トンの需要が失われたのだ。
全国農業協同組合中央会(JA全中)の試算では、コメの在庫は今年6月末230万トン(前年比20万トン増)で、来年6月末では250万トン超になる。大きな在庫を抱え、米価の下落は来年の秋まで続くことが予想される。
笹渡さんは「価格は60キロ1万円を切るかもしれない」と深刻だ。これでは肥料や種など基本的な支出だけで赤字になってしまう。最賃どころか、実質ただ働きだ。最賃千円にはほど遠く、これでは農業に夢は見られない。コメ作りから撤退する農家が増えることも予想される厳しい状況だ。
●生活困窮者にコメを
しかし、よくよく考えると納得できない。「コメ余り」と言われ在庫が積み上がる一方、「仕事がない日は食事をしない」(女性派遣労働者)と言うほど、コメが足りていない人たちが確実にいるのだ。コロナという〝災害〟に際して、政府が役割を果たしていないのは明らかだ。
政府は在庫のコメを買い上げて、生活に困窮する人に配布するべきだ。そうすることで、農家を支えるコメの価格も安定し、困窮者の腹も満たされる。腹が満たされなければ立ち上がる勇気も湧かない。案外大事なことだ。米国をはじめ海外では政府の責任での食料の買い上げ、支援を普通に行っている。その重要さを知っているからだ。
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