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    インタビュー/国際指標、検討価値あり/EU最低賃金指令案Ⅲ/田端博邦東京大学社会科学研究所名誉教授に聞く

     ――指令案は現在どういう段階にありますか?

     使用者団体がかなり強力に反対し、各国政府に根回ししている。昨年10月の提案前に2回、労使への諮問が行われた。多数ある使用者団体はほとんどが反対した。その理由は「労使自治を尊重すべき」「経済回復の障害になる」、「破滅への処方箋」という意見もあった。使用者団体の反対は乗り越えなければならないハードルだろう。

     指令案は、今年2月に欧州議会を通過した。反対票と棄権票が合わせて3割ほど出た。賛成が上回ったとはいえかなり多い。3月には、労使や市民団体などでつくる欧州経済社会評議会(EESC)が答申を採択した。この時も使用者団体の反対票が約3割出た。欧州委員会への報告書には正式に「反対意見」が付記された。

     欧州議会とEESCを賛成多数で通り、通常ならば成立するところだが、指令案に反対する11カ国の共同書簡が出された5月のソーシャルサミットの影響が大きい。EU加盟国首脳が合意して出す宣言に、最低賃金は盛り込まれなかった。指令案が成立するには理事会の合意が必要で、次のサミットがカギとなる。それまでお預け状態となる。

     使用者団体は、拘束力のある「指令」ではなく、実施義務のない「勧告」であればいい、という主張。勧告が最低ラインで、指令との間で何らかの妥協がされるかもしれない。

     次のソーシャルサミットで各国首脳らの合意を得られるか。あと半年ぐらいかかると思われる。

     

    ●経済政策思想の転換を

     

     ――日本にとって教訓とすべきことはあるでしょうか?

     一つは、法定最賃を採る国は、最賃を決める基準を明確にしなければならないと定めている点だ。基準は4点。マーケットバスケット方式などで決める(1)購買力と、(2)賃金の一般的水準と分布状況(3)賃金の伸び率(4)労働生産性の伸び――。この基準に沿って最賃を決めなければならない。

     中でも、一般労働者の賃金水準との比較で、国際指標を使うよう定めている点が重要だ。少なくともカイツ指標(一般労働者の賃金平均値の50%、中央値の60%)を日本でどこまで実践的に使えるのか、使った場合にどこまで良い効果が得られるのか、検討してみてもいいのではないか。カイツ指標の活用には、全ての労働者が人並みに暮らせるようにするという考え方がある(グラフ)。

     日本では生活保護との比較が強調されるが、これは働けない人でもこれだけは保障しましょうという水準に過ぎない。最賃は働いている人の収入なのだから、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」ではなく、それを上回る世間並みの標準的な生活を基準にしなければならない。

     経済政策思想の転換も必要となる。第2次安倍政権以降、「賃上げで好循環実現」と言ってきたが、実質賃金は10年ほど伸びていない。格差や貧困が大きな社会問題になっているのに、経済政策が明確ではない。根本的な再検討が必要だろう。

     特に政府は、非正規労働者の格差改善を「同一労働同一賃金」で解決すると強調していた。しかし、ふたを開けてみれば、賃金や一時金の格差解消には使えないことが明らかになった。一番肝心な点が使えないのではどうにもならない。人権、環境、公正、平等という理念の下にある新しい経済政策のあり方を、考える時期ではないか。

     労働組合の交渉能力強化の支援や、大胆な賃上げによって内需を拡大するパラダイムシフトへ、バイデン政権の米国、EUに続き、日本も挑戦してみてはどうだろうか。(おわり)