新型コロナウイルス感染症の影響で失業や生活困窮などに陥った人を支援しようと「コロナ災害をのりこえる なんでも相談会」が12月19日、東京・日比谷公園で実施された。全労連や反貧困ネットワークなど20団体が主催。生活保護の申請など、個々のケースに応じた公的支援の紹介や健康状態のチェックなど、対応に追われた。
来場者のうち相談者は52人(女性11人)。相談内容は「労働」が10件で最も多く、住居や健康など複合的な課題や困難を抱えていたという。食料は120食分を配布した。
●年金だけでは暮らせない
NHKのニュースで開催を知った男性(73)は、生活保護の相談に来た。ナイトクラブで給仕をしていたが、年齢とともに仕事の条件は厳しくなり、2年ぐらい前からキャバクラのアルバイトで食いつないできた。店から「コロナで仕方がない」と言われ、3月に解雇された。
「ハローワークも新聞の求人広告も仕事がない。解雇されて生活保護を考えるようになった。銀座で働いていた時は月50万ぐらい稼いだ。年金で食事はできるが、足りない。知人に生活費を借りている」
赤羽から新橋まで4時間かけて歩いている途中に立ち寄ったという男性(69)も3月に仕事がなくなった。20年前に住居を失って以降、事務所の引越し作業やイベント設営などの日雇いで稼ぎ、ネットカフェや野宿の生活だ。
「夏に少し仕事が戻ったけど、また減った。紅白歌合戦の会場設営を毎年してきたので、今年も予定を空けているが、なさそうだ」と話す。
男性は2日分の宿泊費のカンパを受け取った。生活保護の申請を検討するという。
「一度住まいを失うと、入居に必要なまとまったお金をためられず、保証人もいないので厳しい。自分で働き、稼いで生きてきた矜持がある。本当は生活保護を受けたくない」と悔しさをにじませた。
●氷河期世代も厳しく
「状況が好転したことは一度もない」
就職氷河期世代の男性(45)はリーマンショック以降、短期の派遣などで働いてきた。直近はデータ入力の派遣だったが、12月4日で期間満了になった。求人を探しても、年末はさらに少ないという。
「経験や、年齢のせいで応募できる仕事が限られてしまう。正社員は難しいから、バイトや派遣に応募する。長期の仕事は見つからない」とこぼした。
政府に求めるのは、雇用対策だ。「自分は就職氷河期世代だが、今の若い人もコロナ不況で就職難になるのではと心配だ」と語った。
会場には衣類の寄付やカンパを持参する人もあった。新聞で開催を知った初老の男性は、ポケットから新券の1万円札をスタッフに渡した。「福祉の仕事をしてきたので、相談会の必要性がよくわかる。政府は景気回復ばかりで無関心。このような時に 〃自助・共助・公助〃と公言してはばからないのは異常だ」と憤った。
●生活保護は権利
生活保護に関する相談は8件でそのうち、申請の同行支援を決めた人は1件のみ。住居と収入を失っても、親族への照会などを懸念し、申請をためらう傾向が強い。
リーマンショックの起きた08年、同じ日比谷公園で「年越し派遣村」村長を務めた弁護士の宇都宮健児さんの姿が相談ブースにあった。製造業や非正規の解雇が中心だったのとは異なり、シングルマザーや外国人など、あらゆる層に困難が生じ、自殺の増加も深刻だと指摘する。相談者には、生活保護は憲法25条で保障された権利だと説く。
「困窮していても、生活保護ではなく、働きたいという。堂々と利用して生活を立て直してから仕事を探せばよいのに、生活保護は屈辱的という認識が根深い。相談者が社会的に孤立している印象もある」と問題視した。
派遣村以降の10年間を振り返り「その後、住宅確保給付金が設けられ、コロナ禍で個人事業主にも利用が拡大された。運動が生かされたと評価するが、生活保護を利用しやすくすべき。申請を待つという行政の対応は問題だ」と述べ、支援が必要な人のところへ行政自らが手を伸ばす〃アウトリーチ〃を求めた。
その上で「首相や都知事は現場と乖離(かいり)し、緊迫感が伝わってないのではないか。アラートよりも〃生活保護は権利〃とメディアで知らせ、早急に窓口体制を整備し、申請を呼びかけるべきだ」と語気を強めた。
〈写真〉相談を受ける宇都宮健児弁護士(中央、12月19日、都内)
〈写真〉配る食料を準備するスタッフ(12月19日、都内)
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