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    インタビュー/〈「安倍政治」を検証〉(4)/中途半端な「働き方改革」/日本労働弁護団闘争本部長 棗一郎さん

     残業上限規制など安倍政権の「働き方改革」は、一言でいえば、労働組合の政策をぱくったということ。政権の支持率向上が目的だったのでしょう。そのため、ちぐはぐで中途半端、統一性がありません。その他の労働法制改革はほとんどが「負の遺産」です。

     安倍政権は2015年に安全保障関連法を強行しました。歴代の政権が違憲と言っていた集団的自衛権の行使を閣議決定だけで「合憲」にする、立憲主義の破壊でした。国会前を人々が埋め尽くすほど反対世論が高まり、政府は翌年、「働き方改革」につながる検討を始めました。強権的右派政権が支持率を上げるために、労働者受けのする労働法制改革を行うのは世界ではよくあることです。

     その目玉の一つが長時間労働の規制でした。過労死するほどの長時間労働を是正して、女性や高齢者を職場に呼び戻し、労働力不足を解消する。もう一つが格差是正でした。持続可能な社会にするには中間層が増えなければならないという認識が見受けられます。

     しかし、いずれも中途半端でした。「カトク(過重労働撲滅特別対策班)」を立ち上げ、一時、長時間労働の大企業を摘発しました。今は聞こえてきません。残業の上限は過労死認定基準の水準で、そのうえ、過重労働が深刻な医師や教員を枠外に置いてしまいました。

     いわゆる「同一労働同一賃金」も、安倍総理も最初は正規・非正規間の賃金格差を「欧州並みの8割にする」と威勢が良かった。でも結果は、企業の努力と裁判に委ねるという内容。これでは即効性のある規制ではありません。

     

    ●経済界と人材業界のため

     

     あとは負の遺産です。そのトップが「定額働かせ放題」の高度プロフェッショナル制度(高プロ)です。労働者を保護する労働時間規制に風穴を開けました。今は適用をごく一部に限定していますが、いずれ使いやすくするでしょう。

     移民労働をほぼ全面解禁する入管法改正も強行しました。社会保障や教育など、人が暮らすためのトータルな移民政策には何も手を着けていません。

     パワハラ防止関連法も中途半端でした。国際労働機関(ILO)が19年に「仕事の世界での暴力とハラスメント(嫌がらせ)を根絶する」という歴史的条約を成立させたのに、同法はパワハラ根絶にとても及ばない中途半端な内容です。

     労働者派遣、副業・兼業も事実上、全面解禁しました。派遣大手パソナの会長である竹中平蔵東洋大学教授など人材ビジネス業界が政権の中枢に入り、有利に政策を誘導しました。

     

    ●自己責任社会へ加速

     

     今後懸念されるのが、違法解雇でも合法的に労働者を追い出せる、解雇の金銭解消制度の導入です。米国の要請で安倍政権が検討を始め、今後労政審にかけていつでも法案を出せる状態にあります。菅政権がその気になれば、高プロ法案審議の時のように、NHKなどのメディアに宣伝させ、労働側の批判を封じ、一気に成立させることは可能でしょう。

     「雇用によらない働き方」を増やす経産省主導の誤った政策も、今後の動向が懸念されます。収入は不安定で、労災補償もなく、簡単に契約を切られる働き方。本来ならば労働者として扱わなければならないのに「ウーバーなどプラットフォームで働く人はこれでいい」という政策を示してしまった。「自分で選んだのだから仕方がない」と権利主張をあきらめさせる効果があります。

     爪痕は極めて大きいと思います。

     

    〈写真〉棗一郎弁護士