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    〈働く現場から〉オレオレ詐欺と派遣労働者/ジャーナリスト 東海林智

     6月27日の毎日新聞東京都内版にこんな見出しの記事が掲載された。

     「府中・特殊詐欺『受け子』容疑で逮捕」

     いわゆるベタ記事だ。新聞の中では、大きく取り上げるほどではないのだが、事件として発生したのだから、載せておこうという、比較的小さな事件。従って、記事も全文で240字程度だ。事件担当記者から出稿されたこの記事をデスクとして最初に読んだ。内容は、かいつまんで言えばこんな感じだ。

     

    ●コロナで仕事が消滅

     

     埼玉県在住の〃無職〃の女性(21)が、都内在住の80代の女性宅に警察官を装って電話をし、うそをついて女性からキャッシュカードを盗んだ。このカードを使い現金45万円を引き出した……そう発表された。よくある〃オレオレ〃詐欺の類いだ。ただ、原稿を読んでいくと、この女性は無職ではないことが分かる。こんな供述をしている。

     「新型コロナウイルスの影響で、4月に入って派遣社員の仕事が全くなくなり、生活に困っていた。他に十数件やっている」

     そう、彼女は日雇い派遣を中心に働いている派遣労働者なのだ。警察に拘留中で、直接本人に取材できないので、今はまだ、警察への取材や発表文から読み解くしかない。資料を見る限り、アパートを借りていて、1人暮らしをしていた。新型コロナの感染拡大で、当てにしていた日雇い派遣の仕事が次々となくなり、家賃の支払いが滞って生活苦に陥ったようだ。そして、ネット上の〃闇の職業安定所〃で、特殊詐欺の仕事を知り、自ら応募したという。

     

    ●「受け子」の役割

     

     特殊詐欺では彼女のような役割は「受け子」と呼ばれる。指示を受けて、「かけ子」と呼ばれる、うそで人をだます役割の者が電話で引っかけた被害者(大抵は高齢者)のもとへ出向き、カードを手に入れる役割だ。

     「かけ子」のつくうそはこんな感じだ。「あなたのキャッシュカードが悪用され、現金が引き出されている。カードを換える必要があるので、これから出向く警察官(場合によっては銀行員、法律事務所職員)に、キャッシュカードを渡して」などと指示する。その際、こんなことも言う。「暗証番号を書いた紙と共にカードを封筒に入れ、しっかり封をして渡して」。受け子はそれらしい格好をして家を訪ね、封筒を受け取り、銀行から金を引き出すという仕組みだ。

     

    ●最下層の労働者

     

     詐欺にも注意してほしいと思い、丁寧に仕組みを書いた。実は、彼女が受けた〃仕事〃は、最も捕まる可能性が高い部分だ。詐欺は細分化されている。だます対象の名簿を手に入れる者やその家に金があるかを下見をする者、犯罪に使う携帯電話を手に入れる者、電話かけをやる事務所を準備する者、電話をかける者、そして彼女のような「受け子」……。笑い話のように思うかも知れないが、大規模な詐欺グループでは、労務担当、企画担当までいるという。

     こうした「受け子」は、受け子を束ねる者だけと連絡を取り、グループの全体像は知らない。捕まる可能性が一番高いから、彼女が捕まっても、そこから上の部分に捜査が及ばないようにしてあるのだ。いわば、最下層の労働者である。

     日雇い派遣という不安定な形で働くことがさらなる不安定な労働につながっている。次回、彼女が闇の仕事に就かなければならなかった背景を報告する。(このテーマ続く)