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    〈グローバル化の陰で〉(13)/食肉処理工場で感染が拡大/米国/背景に食のゆがんだシステム

     米国での新型コロナウイルス感染者は100万人を超え、死者も5万8千人と中国を抜き世界最多だ。そのうち一定数を占めるのが食の現場で働く移民労働者や低所得労働者の存在である。

     トランプ大統領が3月13日に国家非常事態宣言を発令した後、食肉処理工場ではコロナ感染が爆発的に広がってきた。宣言後も通常通り操業が続けられていたからだ。米国最大の食肉企業の一つ、タイソン・フーズやJBS、カーギルなど、一工場に2千~6千人の労働者を抱える大企業で感染者が増え、各社は工場を次々と閉鎖せざるを得ない状態となった。

     

    ●移民労働者の命を軽視

     

     背景には、工場の劣悪な労働環境がある。そもそも米国の工業化された食産業は、低賃金の移民労働者によって支えられている。

     食肉処理工場はその代表例で、メキシコをはじめ各国からの不法移民を含む数百人規模の労働者が、狭い空間で密集して長時間労働を行う。昼食も狭い食堂で数百人が大皿から食べ物を取り、肩を並べて食べることも多い。感染確認後でさえ、マスクなどの個人防護具を提供せず、発熱を訴えても休めないなど、劣悪な環境は続いたという。ほとんどのケースでウイルス検査もなされていない。

     こうした結果、食肉処理工場で「クラスター化」したのだ。中には一工場で700人が感染するという、米国最大の集団感染を引き起こしたケースもある。

     「会社は、労働者がコロナウイルスに感染した後なのに、生産を加速したのです」

     テキサス州ダラスにあるクオリティ・ソーセージ社の食肉加工場の労働者を代表するカルロス・クィンタニラ氏は4月末、工場前で訴えた。この工場では既に多くの感染者が出ている。30代の労働者2人が亡くなり、会社は工場を閉鎖した。労働者側は、会社はウイルスまん延を把握していたはずなのに、ただちに操業を止めず、感染の事実を公表してこなかったと批判を強めている。

     「会社は、労働者の安全よりも生産と利益を優先しています。体調を崩して仕事に来なかった労働者とその家族に対し、何度も何度も、出勤するよう圧力をかけてきました。揚げ句の果てに『千ドルのボーナスを出すから出勤するように』とまで言ったのです。その時、既に工場のウイルス感染は明らかでした。なぜ会社はすぐに工場を閉鎖しなかったのでしょうか」。

     

    ●無謀な大統領令

     

     こうした中、4月28日にトランプ大統領は生産を中止している食肉加工企業に対し、操業を命じる大統領令に署名した。大統領は、食肉の流通を「重要なインフラ」と強調し、「加工会社の不要な操業停止は、短期間で食料供給網に大きな影響を及ぼす」として再開を命じた。企業側は、早期の操業再開に慎重姿勢を見せていたが、大統領令で押し切られる形となる。しかし、多くの労働者は不安を感じている。実際、大統領令の後も、いくつかの工場では感染がさらに拡大したという報道もある。

     労働組合や食の問題に取り組む市民団体は「トランプは労働者を犠牲にして食肉生産を続けようとしている」と批判を強める。労働組合は工場の一時的な閉鎖を求め、仮に操業する場合には個人防護具の配布や、体調が悪化した場合の即座の検査など最低限の措置を求めている。内部告発の法的強化と医療体制の充実も繰り返し要求している。

     

    ●米国の食肉輸入が増加

     

     アイルランドやブラジル、豪州などでも食肉処理工場でのコロナ感染は広がっている。大規模化・工業化された食のサプライチェーンは、安価な製品を世界中に送り出している。

     さらに米国食肉処理工場での感染は私たち日本の消費者にも無関係ではない。日本は米国の牛肉・豚肉・鶏肉の主要な輸出先で、今年1月に日米貿易協定が発効して食肉への関税が削減されたため、1~4月に米国からの食肉輸入は従来以上に増えている。労働者たちが感染の危険を冒しながら処理する食肉が日本中のスーパーで多く売られている。

     まずは食の現場で働く人々の健康と生命が十分保護されるべきだ。長期的には、今回のパンデミック(世界的な大流行)を機に、大量生産・大量消費という食のあり方を見直す必要がある。食の安全保障のためにサプライチェーンはできるだけ短くすること、食の現場で働く人々の安全や権利を含めた「食の正義」「食の民主主義」という価値を確立し、実践していくことが重要だろう。(アジア太平洋資料センター共同代表 内田聖子)