東京都杉並区で公契約条例が制定された。同区議会で3月、賛成多数で可決成立した。賃金の下限を定める条例としては都内10例目、全国24例目となる。条例違反があった場合に労働者が申し出ることができるとし、実効性を担保した。施行は8月1日。今後設置する労使と識者による審議会を経て、来年4月から本格稼働させる。
公契約条例は、自治体発注の公共工事や委託業務について、賃金の下限を定める条例。入札での賃金引き下げ競争に歯止めをかけ、良質な仕事をする地元企業の受注を促す。税金が地域経済に有効に活用されることを目指す仕組みだ。
杉並区の条例では、工事で予定価格5千万円以上、委託業務は同1千万円以上の案件が対象となる。下請けの従業員や派遣労働者、一人親方も含め、賃金の下限を定める。区が設ける審議会に諮り、国の公共工事設計労務単価や職員の給料表などを基に決める。
賃金の下限に違反した場合、労働者(退職者も)は区長や受注者に申し出ることができるとし、不利益扱いを禁じた。下限規定を担保するために、区が立ち入り調査できるようにし、是正や契約解除など必要な措置を取るとしている。
適正な労働条件にすることも定めた。労働基準法や労働組合法など労働法の順守や、前の受注者が雇用していた労働者の継続雇用の努力義務、下請けで賃金下限違反があった場合の発注元の連帯責任も明記した。
連合東京は4月2日、斉藤千秋事務局長名の談話を発表。今後、給食や保育、介護、栄養士、施設管理、警備など有資格業種や安全が問われる業種について、業種ごとの報酬下限額を定めることや、報酬だけでなく労働条件全般の充実を要望している。
杉並区の田中良区長は民主党会派の元都議。山田宏前区長の国政転身に伴う選挙で区政転換を訴えて2010年に当選した。現在3期目。18年6月の選挙では連合東京が推薦し、地協との政策協定に「公契約条例制定」を盛り込んだ。
都内23区では渋谷、世田谷、目黒、新宿に、杉並が続き、西部地域で次々に公契約条例ができつつある。次は、現在検討中の中野区での制定が期待される。
吉岡敦士副事務局長は「公契約現場で働く組合員の声を区政に届けてきた。既に条例が施行された自治体の建設業者が、未制定の自治体の建設業者に条例の意義を話す機会をつくるなど、連合東京の地協が積極的に動いている」と話す。
●小さな足掛かりに
条例制定には、建設労組の取り組みも後押した。
東京土建杉並支部は14年度から、区内公共工事の現場で働く人たちに、賃金や職種、年齢、経験年数、会社所在地、何次下請けか、賃金上昇の有無などを詳細に聞いた。なるべく多くの職種の状況を把握しようと、長期の工事現場を繰り返し訪ねた。
例えば17年度の調査結果では、35年の経験を持つ50歳の大工(1次下請け)が日給1万5千円だった。当時の国の公共工事設計労務単価の大工(東京)2万4300円の61%の水準でしかない。設計労務単価はうなぎ上りに上昇しているのに、現場で働く熟練の職人が主に単価の4~7割の水準で仕事をしている実態を浮き彫りにした。
同支部の高取一二三副主任書記は「建設職人である役員が現場に足を運んで直接聞いたからこそ、賃金などプライバシーに関わる事実を話してくれた」と振り返る。賃金の低さと併せて、杉並区発注の仕事なのに、施工は97%が区外の業者であることも分かった。埼玉や千葉など都外も少なくない。
その後、首都圏建設ユニオンなど他の建設労組とともに、区長や建設業協会、区議会主要会派との懇談を重ねた。実態調査結果の衝撃は大きく、18年3月に行った懇談で田中区長は「1年後ぐらいに成立を目指したい」と発言。5月の区議会では総務部長が議員の質問に対し「公契約条例も視野に入れて検討する」と答弁し、一気に条例制定へと加速していった。
高取さんは「『きつくて汚くて危険、建設なんてそんなもの』という根強い意識を変える必要がある。建設労働者なくして五輪は開催できない。シドニー五輪の開会式では建設労働者が先頭で入場行進した。米国でユニオンに加入する建設労働者は賃金が高く、皆からうらやましがられているように、『建設の仕事を選んで良かった』と思える仕事にすること。そのための小さな足掛かりとなるのが公契約条例だ。現場から現場を変える、そんな取り組みにつなげていきたい」と話している。
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