「トヨタ・日本製鉄、ベアゼロ回答」――2020春闘の集中回答を報じた日本経済新聞1面の見出しである。連合の神津里季生会長(日本製鉄)、相原康伸事務局長(トヨタ自動車)の出身労組がそろって13年以来、7年ぶりにベアゼロとなり、労働界と社会に衝撃が走った。
14春闘から「官製春闘」とやゆされながらも6年間、トヨタと日本製鉄の両労組はベアを獲得した。それが一転してベアゼロ。特にトヨタは3月期決算で営業利益が2兆5千億円の見通しで、利益剰余金(内部留保)は22兆円もある。
神津会長は「内部留保は積もりに積もって450兆円になったが、賃金は20年間、置き去りになっている」(闘争開始宣言集会)と述べていた。ベアゼロのトヨタについて、「マイナス心理を世の中にまき散らすことはやってはならない。経営者は社会全体のことを考えていただきたい」と批判した。
●もっと競争力を
トヨタの豊田章男社長がベアゼロを回答したのはなぜか? 布石は18春闘にあった。豊田社長は労使協議会で、世界の自動車産業が米IT企業などを巻き込んだ電気自動車化、自動運転化など「100年に一度の大変革期」と述べ、組合を「一緒に闘ってくれていないのだろうか」と問い詰めた。その結果がベアの非公表だった。
19春闘では追い打ちをかけ、「組合、会社とも、生きるか死ぬかの状況がわかっていないのではないか」と一喝。年間一時金の満額回答の慣例を打ち破って夏の回答しか示さなかった。組合は「トヨタが置かれている状況の認識の甘さを深く反省」すると謝罪。翌20春闘の要求では、「頑張った人に厚く配分を」と、人事評価を基にしたベア配分を求めた。西野勝義委員長は、外部から「成果主義を組合側が先導するのか」「格差ベア」「それでも組合か」などの〃誤解〃があったと弁解したほど。長年続けてきた春闘集会も今年は中止した。
これでも満足しない豊田社長は、労使協議会の机の配置を、会社役員席と組合執行部席に加え、管理職の幹部職・基幹職の代表席を設けて異例の三角形にした。幹部職にも危機感を共有させるのが狙いで、「もっともっと競争力を。高い賃金は競争力を失う」と主張。その上でベアゼロを回答した。
●会社に寄り過ぎても…
1962年の「労使宣言」以来、組合は労使関係を「クルマの両輪」と位置付けてきたが、この3年間は会社だけの1輪になった。元々、従順な組合なのに、さらに「この数年、組合は牙を抜かれた」という声さえ上がる。
職場からは「会社に寄り過ぎているのではないか」との批判が出る。西野委員長はベアゼロ回答について「本当に申し訳ない」と述べ、トヨタのゼロの影響が中小企業に広がることに懸念を示した。「会社に寄り過ぎて」もベアゼロならば、会社寄りのハンドルを元へ戻す以外に道はないはずだ。(労働ジャーナリスト 柿野実)
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