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    労働時評/春闘を「自社型企業内」へ/解体・変質狙う20経労委報告

     経営側の春闘指針となる経団連の経労委報告(2020年版)は「業種横並びの集団的賃金交渉は実情に合わない」と自社型企業内への春闘の解体・変質に踏み込んだ。働き方でも年功賃金など「日本型雇用」から「ジョブ型」への転換を提起し、春闘と雇用システムとも大きな転換点を目指す財界指針となっている。

     

    ●多様な賃上げへと分散

     

     報告は、6年連続した賃上げのモメンタム(勢い)は維持しつつも、世界経済の不透明感などを挙げ「収益が下押しされる懸念がある」と賃上げに慎重な対応を求めている。

     賃上げは「ベアも選択肢」としつつも、「若年層」「職務・資格」「査定配分」を示し、分散させている。「多様な賃上げ」の名で住宅手当や業績・成果手当、職務関連手当との組み合わせも挙げた。

     最低賃金では地方自治体や自民党内からも全国一律が提起されているが、報告は逆行。地域別最賃の影響率が13・8%に上昇して「雇用削減につながる」などと虚言を吐き、特定最賃の廃止も求めた。さらに企業内最賃協定の波及を危惧し、賃金の社会性に背を向けている。中小企業の賃上げをめぐっても減益の可能性を強調し、冷淡だ。

     

    ●働き方改革を人件費に

     

     「車の両輪」としている賃上げと「総合的な処遇改善」は、人件費として合算すべきと踏み込んだ。

     処遇改善は「教育訓練費の増額」「テレワークの導入」「育児・介護・治療と仕事との両立支援」など7種類を示している。

     問題は賃上げとの関係だ。報告は「総合的な処遇改善は賃金引上げとは異なる」としつつも、「企業労使で、これまでの考え方や諸施策に捉われない観点から深化を」と提起した。

     その狙いは、付加価値に占める人件費の割合である労働分配率の「水ぶくれ加算」だ。人件費(給与、一時金、福利厚生費)に、新たに「社員の能力開発など人材育成費」「多様で柔軟な働き方改革費用」などを加えるよう提起している。

     労働界は、労働分配率が18年度で50・4%へと最低に転落し危機感を表明。連合は「分配構造の転換」を掲げ、内部留保の活用や賃上げを重視。大手労使には人材育成費増などと合算する動きも強まっている。

     しかし働き方改革や人材育成などは「人への投資」だが、給与とは性質が異なる。人件費に加算させない対応が求められている。

     

    ●狙いは雇用の流動化

     

     新たな技術を生かした未来社会の姿として国が描く「Society5・0」を視野に、終身雇用や年功賃金を特徴とする「日本型雇用」から、欧米の「ジョブ型雇用」への転換を提起。当面は日本的メンバーシップ型社員を中心に据えながら、「ジョブ型社員」との複線型の併用を促している。

     「ジョブ型」への人事・賃金制度の再構築では、(1)新卒一括採用から中途・通年採用へ(2)処遇は職務給で仕事・役割・業績給を重視(3)年齢・勤続による昇給から評価で移動する査定昇給・昇進・昇格へ――としている。人材育成も「自律的キャリア形成」を重視し、個人責任としているのも特徴だ。

     ごまかしは、「ジョブ型」といいながら、欧米の職種別熟練度別横断賃金とは異なり、「配置転換」「転勤」の人事異動を推奨していることだ。

     95年の旧日経連「新時代の日本的経営」以降、企業内は正規、専門職、非正規に三極化した。その後、勤務地・職務などを変えない限定正社員の創設を経て、今回はさらに正社員を「ジョブ型」か否かに分けるという。狙いは雇用の多様化・流動化。「ジョブ型雇用」は欺瞞(ぎまん)にほかならない。

     

    ●一律の要求を否定

     

     報告の大きな特色は、経営環境や収益動向に大きな差が生じているとして「春闘が主導してきた同一業種横並びの集団的賃金交渉は実情に合わない」とし、交渉を「各社一律でなく、自社の実情」へと「企業別」に解体させていることだ。

     しかも、賃金制度が仕事・役割・貢献度重視へ移行する中、「全社員の一律的な賃金要求は適さない」と、労働者個々人をバラバラにさせる、春闘要求の変質化にも踏み込んでいる。

     一方、毎年の交渉については「企業の実情を労使で共有し、良好な労使関係の礎」と位置づけている。

     春闘は、企業別組合の弱点を克服するための日本独特の闘争で、産別統一闘争と全国的な共闘で賃上げ相場を形成・波及させる社会的で国民的な運動である。

     自社型企業内交渉の進展は、春闘の解体変質となる。まして「全社員の一律的な賃金要求」の否定は、人事評価による企業帰属意識を強め、集団的労使関係と労働組合の団結の破壊にもつながる。

     

    ●春闘解体を許すな

     

     経労委報告は75年の最初の指針で、鉄鋼をパターンセッターに政労使一体で春闘相場をストなし低位平準化に変質させた。今回は単組自決の自動車・トヨタや電機大手の先導で春闘変質と社会的相場の否定にもなりかねない。経団連関係者は「業態変化の電機で同じ賃上げ回答は難しくなっている」という。

     経団連が春闘破壊を強める中、この20年間、名目賃金は9%も下がった。実質賃金の連続低下も先進国では日本のみである。ドイツ、フランス、米国などはストを含む横並びの産別統一闘争で賃金を上昇させている。

     「しぼむ日本の賃金」を狙う財界の春闘解体攻勢に対して、統一要求と全国的な統一闘争を軸に、労働界あげての春闘擁護の運動が求められている。(ジャーナリスト・鹿田勝一)