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    インタビュー/日本経済には大幅賃上げが必要/(上)暮らしと経済研究室 山家悠紀夫さん

     米中の貿易摩擦などを発端とする世界経済の減速が進む中、2020春闘がスタートする。昨秋、「日本経済30年史 バブルからアベノミクスまで」(岩波新書)を出版した山家悠紀夫さん(第一勧銀総合研究所元専務理事、暮らしと経済研究室主宰)は、日本経済の現状について「景気は下降局面に入った」と指摘し、「2020春闘で大幅な賃上げをしない限り、経済はさらに厳しくなる」と話す。併せて社会保障の拡充が不可欠と強調する。

     

     ――政府は「緩やかな景気回復局面にある」と言っています。

     景気は完全に失速寸前。景気動向指数(グラフ)で景気の動きを見ると、14年4月の消費増税で景気が落ち込み、その後横ばいで、若干良くなった時期もあるが、18年春ごろから再び落ち込み始め、19年10月の消費増税でがくんと下がっている。景気は下降局面に入ったとみるべき。もう判断してもおかしくないころだと思う。

     14年の消費増税で景気が落ち切らなかったのは輸出が支えていたからだ。欧米の景気もそこそこで、中国も良かった。それが昨年春以降、米中貿易摩擦の影響で輸出が落ちてきた。機械設備や部品の中国向け輸出が伸びなくなっている。

     日韓関係の悪化で韓国への輸出が激減した。観光客も来なくなった。さらに消費増税による影響で10月以降一段と落ち込んでいる。今後、景気は落ちていくだろう。

     2020春闘で大幅な賃上げをしない限り、経済は一層厳しくなる。

     ――賃上げが不可欠と。

     日本経済の低迷はバブルの破裂(1991年)以来ずっと続いているといわれるが、93年11月から景気回復局面に入っていた。96年の実質成長率は3・1%に高まっていた。97年には回復がさらに加速するとみられたが、同年の消費税5%への引き上げと、所得税・地方住民税の特別減税廃止を機に後退期に突入。先行して賃金が下がり始めた。その後、労働規制緩和など「構造改革」が進められ、非正規労働が急増し、1人当たりの実質賃金は横ばいかマイナスが延々と続いた。賃金が上がらないと消費は伸びない。日本経済低迷の一番の要因は賃金が上がらないことにある。

     経済協力開発機構(OECD)の統計によると、97年を起点とする18年の賃金の水準は日本だけがマイナス。他の先進諸国が20年間で50~80%上がっているのとは対照的だ(グラフ)。

     一方、大企業は膨大な内部留保をため込んでいる。多額の利益を上げても大半が国内経済にプラスになっていない。「アベノミクスの3本の矢」(金融緩和、財政出動、成長戦略)は、内需が増えないために、ほとんど効果が出ていないのが実情だ。

     今必要な政策は、賃金を大幅に上げて消費に使ってもらうこと。労働者の暮らしは非常に厳しくなっており、低所得の世帯ほど、賃金が上がった分を消費に回す。賃上げは人々の暮らし向きを良くし、経済全体を改善できる。

     それと社会保障の拡充が大切。最近、消費性向(所得に占める消費の割合)の低下が目立つ。人々が将来不安から貯蓄に回していることを物語っている。政府が進める負担増・給付減をやめさせ、老後を安心して迎えられるような政策に転換する必要がある。

     

    ●10%賃上げも可能

     

     ――どのぐらいの賃上げが可能でしょうか?

     個別企業で考えると難しいが、日本経済全体で見れば5%程度の賃上げは十分に実施できる力がある。

     18年度の法人企業統計調査(財務省)によると、日本の民間企業の経常利益は年間84兆円。配当金や税金を払っても40~50兆円は手元に残り、内部留保がさらに積み上がる。一方、年間の支払い人件費は約200兆円で賃上げ5%分は10兆円程度。5%は控えめに述べたもので、10%賃上げでも内部留保は増える。

     問題は、賃上げできない中小企業が多くあること。賃上げした企業に国が助成する時限的な政策や、不当な値引き強要をなくすなど公正取引を進め、大企業の内部留保に向かうお金が中小企業に回る仕組みをつくることが必要だ。

     企業の経営状況を見ながら、賃金を引き上げる政策を実行すれば日本経済は良くなっていく。

     ――欧米は賃上げしているのに、なぜ日本だけがしないのでしょうか?

     日本は基本的には労組が個別企業ごとに賃上げ交渉をしている。高度成長期のように右肩上がりの時はそれなりに賃上げを取れた。でも今は「グローバル化が進み、もうかっていても先行きが不安。万一の事態に備えたい」と経営側に言われると、労組がのんでしまうのだろう。

     欧米は主に産業別、職種別の労使交渉で賃上げを決める。企業はその賃上げ交渉の結果を前提に経営を考えなければならない。一方、日本は経営の状況を前提に賃上げの是非を考える。その辺りに労働組合の交渉力の違いが出ているのではないか。トヨタの労組が経営側の先行き不安に配慮し、自らブレーキをかけたのは象徴的だと思う。

     そうした中で、政府の責任でできる政策が最低賃金の引き上げだ。時給1500円に引き上げれば全体の賃金は確実に上がる。もう一つが非正規雇用の規制。常にある仕事を有期雇用でさせてはいけないという入口規制をかければ、企業は正規雇用を雇わざるを得ない。そうすれば賃金水準は上がることになる。(つづく)