「どっち向いても病気の人だらけだ」
そう語るのは、米国ルイジアナ州リザーブに住むリチャード・テイラーさん(78歳)。妻はがんの治療後、療養のため3千キロも離れたカリフォルニア州に移住した。母と兄弟、2人のめいとおいもがんで亡くした。娘は免疫不全による慢性腸炎で苦しみ、その婚約者も先日がんを宣告されたという。両隣の家の住人もがんで闘病中。はす向かいの奥さんもどうやらがんらしい。
●発生源はデュポン工場
なぜこの町ではこんなに多くの人ががんになるのか? 誰もがその原因をなんとなく分かっていたが、事実として知らされたのは4年前のことだった。
1968年にテイラーさんがマイホームを建てた翌年、その家からわずか数百メートル離れた敷地で大手化学メーカー、デュポン社が合成ゴム、クロロプレンゴムの製造を開始した。以降、毎日のように悪臭と戦い、風向きが変わると、ドアや窓を全て閉め切る生活が50年続いている。
そんな中、しばらくすると母が倒れ、気付くと町内で何人もがんを発症していた。誰もがデュポンのせいだと思いながらも、工場側は一切責任を認めてこなかった。そうして40年以上の時が過ぎたのだった。
●50倍以上の発がん性
米国環境保護庁(EPA)が、工場から排出されているのと同じクロロプレンを「発がん性を有する可能性が高い有害物質」として認めたのは2010年9月。大々的に発表されはしなかったが、定期的な大気汚染アセスメントの対象物質として登録されたため、14年の全国大気有害物質アセスメント(NATA)で調査項目に加えられた。
その調査内容が15年12月に公開された。テイラーさんが住む地域について、全国平均の50倍以上の発がんリスクの存在が初めて明らかになった。住民らによる長年の疑惑が確信へとつながったのだ。
結果が公開されるわずか1カ月前、デュポンは工場のクロロプレン製造部分を日本の化学メーカー、デンカと三井物産による合弁会社へ売却した。それから3年半。工場からのクロロプレン排出量はいまだにEPAが定める「安全に居住できる上限値」を何十倍も超えている。「推奨値」の数千倍を超えることもある。
●早急に排出抑制を
日本企業が海外に進出すること自体を問題視するわけではない。しかし、そのことがどんな結果をもたらすかを事前にしっかり調べ、検討しておく責任があったのではないか。
過去の汚染による健康被害の責任はデュポン社にあるだろう。だが、いまもなお高濃度のクロロプレンを排出している責任は、実質上の所有権を有するデンカにあるのは間違いない。早急に排出抑制を行うべきだし、それが無理ならよそ様の土地で有害物質をまき散らす操業はやめるべきだろう。(アジア太平洋資料センター事務局長、田中滋)
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