第4次産業革命を迎え、人工知能(AI)、ロボット、クラウド、IoT、ビッグデータなどによるデジタル技術革新の進展が私たちの生活や仕事をどのように変化させるのかについて関心が高まっている。
労働政策研究・研修機構でもさまざまな角度からデジタル技術が雇用・労働に及ぼす影響に関しての調査・研究を進めている。その一環で最近、約10社へのヒアリング調査を実施した。こうした調査や研究者の最近の主張から浮かびあがる、その現状と課題を考えてみたい。
●迷走した雇用喪失推計
2013年にオックスフォード大学の研究者であるフレイとオズボーンが、AIなどによって仕事の約半数が機械に代替されるリスクが高いという推計を発表してから、「雇用の未来」についての議論が熱を帯びてきた。しかし、こうした論議はひと段落している。彼らの推計には雇用創出分が考慮されていないこともあり、いまや経済協力開発機構(OECD)が発表した「1割程度」が定説になっているようだ。ドイツのあるシンクタンクはこうした推計はどうせ当たらないので無意味と結論づけている。
そのため、現在の論点は(1)デジタル技術がどこまで実用化されるのか(2)労働者はどのように適応すべきか(3)喪失・創出される仕事は何か――に絞られつつある。こうしたなか、ヒアリング調査では、RPA(ソフトウェアロボットによる自動処理)による事務作業の省力・効率化は着実に進展する気配をみせていた。「2045年にAIが人の脳を超えるシンギュラリティ(高度化した汎用人工知能が大きな影響力を持つ技術的特異点)に達する」といった未来予想はともかく、足元ではデジタル技術革新がひたひたと職場に侵入し始めている。
●労使協議は大丈夫か
80年代のマイクロエレクトロニクス(ME)革命では、その主役は産業用ロボットやNC工作機械の導入だったので、日本が最先端だった。しかし、第4次産業革命で日本はフロントランナーではない。米国と中国が先端のデジタル技術でしのぎを削りつつ、デジタルエコノミーの覇権を競っている。
さらに、AI導入に際しては、かつて政労使で確認したME化5原則に明記されていた「労使協議」が今回は脇に追いやられている。深刻化する人手不足が新たなテクノロジー導入への抵抗感を弱めさせているのかもしれない。
●付加価値の分配が課題
今年に入って、韓国とドイツの研究者がこのテーマについて日本での動向を調査するために来日し、機構内で議論した。韓国の研究者は、AIなどによるデジタル技術革新が進めば進むほど、従来の経営・人事戦略が大きく変貌すると予想する。
私は、ドイツの研究者の「これからは失業率よりも分配率が重要になる」との言葉が強く印象に残った。先進諸国は早晩、失業の克服が経済政策上の最大の課題ではなくなり、人間・AIが生み出した付加価値をいかに分配するかに政策の重点が移るとの指摘だ。分配をめぐる論点も大きく変容しようとしている。(独立行政法人労働政策研究・研修機構 リサーチフェロー 荻野 登)
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