「機関紙連合通信社」は労働組合や市民団体の新聞編集向けに記事を配信しています

    社長の一喝で脱輪/19年トヨタ春闘/今後の連合春闘に影響か

     トヨタ自動車労組執行部が提出した19春闘妥結案について、評議会(3月28日)で、反対1、保留1が出た。評議会はほとんどが満場一致だが、反対が出るのは極めて異例だ。

     トヨタ労組が今春闘で要求したのは、定期昇給などを含めた総額1万2千円。昨年、会社側はベア額を公表しなかったが、今年は組合側がベア要求額を明らかにしなかった。

     回答は、昨年より千円低い1万700円。年間6・7カ月を要求した一時金については、夏だけの120万円で、冬は秋の労使協議会であらためて議論するというものだった。長年、満額回答が当たり前だったトヨタの一時金回答方式が崩れた。

     

    ●「生きるか死ぬか」

     

     トヨタの春闘が異例、異常な事態になったのは、第3回労使協議会(3月6日)での豊田章男社長の一喝だった。

     「今回ほど、ものすごく距離感を感じたことはない。こんなに噛(か)み合ってないのか。(トヨタの)生きるか死ぬかの状況がわかっていないのではないか。背中(会社)にも言っているし、こっち(組合)にも言っている」

     トヨタの職場で繰り返される「生きるか死ぬか」の言葉。自動車産業が米IT企業なども巻き込んだ「CASE」(コネクティビティー〈接続性〉、オートノマス〈自動運転〉、シェアード〈共有〉、エレクトリック〈電動化〉)と呼ばれる「100年に1度の大変革の時代」(豊田社長)に、「トヨタが生き抜くことができるのか、それとも終焉(しゅうえん)を迎えるのか」(「同」)と危機感をあおってきた。

     

     

    ●労使対等はどこに?

     

     「社長の一言で労使協の場は凍り付いただろう」(トヨタ労組役員OB)というほどの衝撃だった。しかも、この労使協議会の動画がネットの「トヨタイズム」で流され大騒ぎになった。労使協議会の模様が外部に出たのは初めてである。

     慌てた労組執行部は、「評議会ニュース」の緊急特集号を出し、「トヨタがおかれている状況の甘さを深く反省」すると社長に謝罪した。「労使宣言」(1962年)以来、労使協調主義を貫いてきたトヨタ労組。会社との「相互信頼」と「相互責任」を、少なくとも「車の両輪」としてきた労使宣言路線。それは労使対等を前提としたはずだったが、社長の一喝に屈したことで組合側の車輪はその路線から脱輪してしまった。

     さすがに評議会では「職場からは『会社に寄り過ぎているのではないか』との声あり」との厳しい執行部批判が出た。「評議会ニュース」は、「素直に同意できない」「結果に対して納得できない」などと、職場からの不満の声を取り上げている。執行部は、「労使という対立軸で捉えるのではなく、会社の問題意識を真正面から受け止めるべきと判断した結果」などと釈明に追われた。

     

    ●春闘はまた曲がり角に

     

     連合春闘は、1990年代までは鉄鋼や電機、自動車、造船重機など金属労協(JC)4単産が賃上げの相場を形成してきた。2000年代になると、利益約1~3兆円、内部留保20兆円と突出した利益を上げるトヨタ1社がほぼ相場を決めてきた。

     典型が2002年の春闘だった。ベア千円を要求したトヨタ労組に対し、当時の奥田碩会長(後に日本経団連会長)が「いつまで100円玉の争いをしている」と労使を一喝したことで1兆円の利益を上げていたトヨタがベアゼロに抑えられた。他の企業も軒並みベアゼロに終わり、13年春闘まで12年間、ベアゼロか千円程度に抑えられたという〃春闘冬の時代〃なった。

     連合春闘は、電機連合のように共通の賃上げ要求を掲げ、統一的な闘争を志向してきた。社会横断的に賃金水準を引き上げ、中小零細企業や未組織労働者へ波及させる役割を果たそうと努力もしてきた。しかし、トヨタによって再び大きな曲がり角に立たされている。(労働ジャーナリスト 柿野実)