日本弁護士連合会が4月4日、都内で開いたシンポジウム「最低賃金引き上げには何が必要か?」では、英国や韓国の制度から見た、日本の最賃制度の問題点が指摘された。審議の内容、公開性、地域間格差に焦点が当たった。
〈日弁連最賃シンポ〉上/形骸化する地方最賃審の審議/現職の公益委員が告発
日弁連貧困対策本部は昨年、最賃制度を調査するため英国を訪問した。1999年に最賃を全国一律の制度として整備し、25歳以上で8・21ポンド(約1200円)にまで引き上げている。
金額を審議するのは、公労使の各3人でつくる低賃金委員会。最賃で働く労働者の分布や、雇用や景気への影響など詳細なデータを集めて分析し、引き上げ幅を決める。データ提供者への反対尋問もあるという。その結果を毎年約300ページに及ぶ報告書にして公表し、上げ幅の根拠としている。
日本はどうか。7月の中央最賃審議会で決める引き上げ目安の審議は完全非公開。近年は事実上、政府の意向通りに決まっている。その後行われる47都道府県の地方最賃審議会では、目安通りか1~数円足すかどうかの攻防となる。
調査を行った猪俣正弁護士は「日本の最賃審議は形骸化している。このままだと最賃引き上げへの(社会の)共感が広がらない」と懸念する。英国のようなエビデンス(根拠)に基づく審議が必要との主張だ。
この提起を受け、日弁連貧困対策本部委員で、山口県地方最賃審公益委員を務める松田弘子弁護士が、改定審議の実情を語った。
「形骸化そのものだった。委員就任時、どんな資料が出てくるのかと期待したが、何の調査もなく、地方の実情に応じた審議がなされたとはいえない。何となくもっともらしい理屈をつけて、前年度からどれだけ上げるかという数字を決めている。労働者が本当に必要な賃金はいくらかということではなく決まっているのには、驚いた」
さらに、「使用者側委員は『地方経済は疲弊しており、最賃を上げたら倒産する』という。1円上がるだけで大変というのなら具体的な根拠を挙げてくれというと、『ここは裁判所ではないから立証責任はない』と言われた。立証を放棄した主張が認められる最賃審は、機能しているとはいえない」。
●労使の主張はいずこ?
最賃への関心の高まりと併せて、審議非公開への疑問も強まっている。通常の労働政策審議会と違い、最賃審議は一部を除き、公開されていない。
新潟青年ユニオンの山崎武央代表は昨年、全都道府県の地方最賃審の全議事録(17年度改定審議)を情報公開請求した。労働局ホームページに公表されているのは一部のみ。公益と各労使委員との協議は非公開とされている。
山崎氏は山口県の議事録を紹介しながら議論のポイントを説明した。まず労働側委員が目安答申後の初回の金額審議(専門部会)から、「1円玉の積み重ねになる」と早々と結論めいた主張をしている点に着目した。さらに、肝心の公益と労使各委員との個別協議は、開示資料でも内容が伏せられ、労使の主張は労働局賃金室長の発言記録で初めて分かるという議論経過に違和感を表明。議事録からも労使の主張が見えないことを問題視した。
〈日弁連最賃シンポ〉下/実情反映しないランク制/全国一律ベースに底上げを
非正規労働問題や韓国の労働事情に詳しい脇田滋龍谷大学名誉教授は、日本の最低賃金が主婦パートなど「家計補助」で働く人の賃金として、長く設定されてきたと解説した。扶養されているから安くてもいいとされてきたとの指摘である。
近年、シングルマザーや非正規雇用で働く単身女性の増加、男性正社員に対するリストラなどで「働く貧困層」が増加した。最賃水準の賃金では生計を立てられないうえ、時給の地域間格差が200円を超える地域別最賃の仕組みは、最賃を一層低水準にとどめると警鐘を鳴らす。
物価が都市と比べて安いとされる地方でも自動車の保有が欠かせず、「生活に必要な経費は変わらない」と指摘。「まずは最賃を全国一律にして、交通費や寒冷地などの費用を地方ごとに加算すべき」と語った。
脇田氏によると、一昨年から最賃を大幅に引き上げた韓国では、日本のような地域別最賃ではなく、逆に、全国一律の現行最賃制度に上乗せする、地域別の「生活賃金」を条例で設定する方向が模索されているという。
松田弁護士はこの点について問われ、「何の手立てもなしに全国一律にするのは反対。使用者側は中小企業支援策を望んでいる。山口県は人手不足。若年労働力が他県にアルバイトに出ている。他県に負けたくないという思いは使用者側にもある。いろいろな策を検討する必要があるのではないか」と述べた。
シンポジウムには自民党「最低賃金一元化推進議員連盟」の衛藤征士郎会長がメッセージを寄せ、「最低賃金は基本的人権」との内容が読み上げられた。
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