最低賃金が脚光を浴びる昨今、もう一つの最賃である特定(産別)最賃も改定が行われている(ページ下に一覧表)。2018年度は、地域別最賃の3%上昇に伴って千葉や愛知など4県・5件で効力を失った。改定の申請に必要な最賃協約を集められないケースも出ている。福島では1人の使用者側委員の身勝手な振る舞いで、特定最賃の一つの業種が改定できないという異常事態も起きた。
〈18年度の特定最賃改定〉上/千葉や愛知でも改定できず/苦戦が続く小売系
18年度改定の特徴は、地域別最賃(地賃)が900円目前の千葉、愛知で地賃適用が相次いだことだ。
特定最賃の改定審議は、地域別最賃の目安(7月)が中央最賃審で示された後に行われる。その時点で、目安通りに改定された場合の地賃額を下回る場合、使用者側が改定について態度を変えるケースが多い【図】。
経団連は2年連続で地賃を下回った特定最賃については、改定の必要はないとの姿勢を示し、東京と神奈川では、次々に効力を失っていった。改定には公益・労使の全会一致が必要という仕組みだ。
千葉は「調味料製造」と「光学・精密機械」が地賃適用となった。「調味料」は地賃に追いつかれたのが18年で2年目、「精密機械」は1年目だった。
1年目で使用者側が改定の必要性を認めないのは異例。連合千葉の担当者は「目安が出た段階で、『もう優位性がなく必要性もない』と厳しい姿勢を示してきた」と話す。次年度は当該労使の意見表明の機会を設けるよう求める考えだ。
愛知は3年目の「光学・精密機械」がついに地賃適用となった。前年は「商品小売」が効力を失い、「電気機械」も2年目で足元に火がつく。連合愛知の担当者は「愛知は経営者協会が『2年目はだめだ』という姿勢を打ち出している。地賃上昇に伴い、使用者側の姿勢は厳しくなっている」と話す。
一方、大阪は今年も7業種全てを残した。一昨年、特定最賃のあり方について「産業の入口賃金」「一人前労働者のモデル賃金」とする方向性を打ち出したが、18年度も従来どおりの手続きに。公益委員の尽力もあってなんとか残せたが、今後は決め手がない状況だという。
●大手1社が足かせに
「商品小売」系の苦境も続く。大都市部は姿を次々に消し、次年度以降多くが地域別最賃の改定に追いつかれる見込みだ。
島根では「百貨店・総合スーパー」が地賃適用となった。島根の地賃764円は、全国最低の鹿児島をわずか3円上回る水準。それでも、地賃を上回る最賃協約を必要な人数分集められず、改定の申請を見送った。改定には対象労働者の3分の1以上を含む最賃協約が必要。
連合島根の担当者は「該当する事業は県内には数社しかない。全国展開する小売大手1社の協約が地域別最賃に張り付いていて、金額改定の申請に必要な数を満たさなかった。組合員数が多いので影響が大きい。使用者側委員からは『要件さえそろえば審議して引き上げていこう』と言ってくれているのに。企業のブランド価値を生かしてほしい」と話す。同社の最賃協約が新設や改定の足かせになっているという声は、他県からも複数聞こえてくる。今春闘で地方の声に応える協約を締結できるかが注目される。
石川では、長年踏ん張っていた「繊維」がついに効力を失い、同業種は福井を残すだけとなった。ただ、今後も労使の話し合いの場は残すという。三重の「洋食器製造」は必要な最賃協約を集めきれず、申請を取り下げた。
〈18年度の特定最賃改定〉下/福島の「非鉄金属」改定を妨害/問われる使用者側委員の資質
18年度改定の中でも労働側の最賃関係者がそろって眉をひそめるのが、福島県の1人の使用者側委員の振る舞いだ【表】。
同県には金属製造の5業種がある。そのうち最も金額が高かった「非鉄金属」(847円)の改定に福島県中小企業団体中央会の委員が強硬に反対したのである。
福島の地賃(772円)よりも1割高い水準。改定に必要な労働協約もあり、通常ならすんなり決まるところが、審議は異例の4回を重ねた。この委員は、他の使用者側委員がいさめるのも聞かず、ついには最低賃金審議会会長が「遺憾」の意を表明し、審議を終わらせたという。改定できないという予想外の事態となった。
労働側委員で連合福島の担当者は「反対の理由なんてない。ただ『高い』というだけ。言うに事欠いて最後には『私の勝手でしょ』とまで言った。当該労使が(最賃協約で)了解しているのに、なぜ何の関係もない経済団体の代表が否定するのか」と憤る。
当該産別の基幹労連の弥久末顕事務局長は「きちんと協議しようではないかと労働局を通じて申し入れたが、台無しにされた。反対の理由も分からない。腹立たしい限りだ」。改定には至らなかったが、地賃を下回ったわけではない。次年度の改定を目指す。
問題の使用者側委員に改定に反対した理由を聞いたが、「取材には応じない」の一点張りだった。
1982年の中央最低賃金審議会答申では、関係労使の主導で設定する制度の趣旨を踏まえ、「最低賃金審議会は全会一致の議決に至るよう努力すべき」ことが確認され、以降、制度は運用されてきた。反対理由も明確ではない同委員の身勝手な振る舞いは、この運用ルールに則したものといえるだろうか。
●経営側の理解が必要
福島のケースは論外だとしても、今後地賃が上がるにつれ使用者側の抵抗はさらに強まることが見込まれる。併せて、地賃を上回る最賃協約を十分に集められないという事態は、制度の本質にも関わる深刻な問題といえる。今後、特定最賃を存続させるには、経営側の理解と世論の支持が欠かせない。そのための労働側の覚悟と構えが問われている。
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