地域別最低賃金の地域間格差をめぐり、国が動き始めた。厚生労働省は4月、法改正の是非を考える有識者検討会を設置する。背景には、若者の流出をはじめとした深刻な地方の疲弊がある。この問題をめぐっては、自民党内で全国一律制をめざす議員連盟(会長・衛藤征士郎元衆院副議長)が2月に発足している。現行制度ができてから41年。制度の見直しに向けて動き始めている。
〈見直しへ動き出した最賃制度〉上/狙いは疲弊した地方の再生/全国一律めざす自民党議連
3月7日に開かれた「最低賃金一元化推進議員連盟」の会合で衛藤会長は、1975年当時の野党4党が提出した全国一律最賃法案に触れ「残念ながら審議未了で廃案になった」と述べ、「最低賃金の一元化が必要。全国一律とすることは基本的人権に資する」とあいさつした。自民党の有力議員からこうした発言が出るなど以前なら考えられなかったことだ。
この日配られた議連の役員名簿に載った国会議員は15人(表)。閣僚経験者に加え、派閥の領袖(りょうしゅう)も複数名前を連ねる。多くは、最賃が低い県を選挙区としている。
議連幹事長を務める山本幸三衆院議員は、第2次安倍改造内閣で地方創生担当相だった。会合では「地方創生を一生懸命やるんだけどもどうしても東京一極集中がなくならない。その最大の要因が最低賃金にあるのではないか」と述べた。議連の主要な狙いが、疲弊する地方経済の再生とデフレの完全脱却にあることを示した。
山本氏はさらに、最賃の地域間格差に触れ「『鹿児島から東京に行ってください』という(ような)もの。地方衰退政策だ」と厳しい言葉で弊害を指摘した。
鹿児島県選出の野村哲郎参院議員は、全国最下位の時給761円に「本当に悔しい」と憤り、出席者の一人は「住む場所が違うだけで賃金が違うのはおかしい。若者が地元で結婚し出産できる。これ(全国一律最賃制)こそ地方創生であり、若者が希望を持てる政策だ」と期待を込めた。活発な議論が行われ、労働組合の集会かと錯覚するような発言と質問が続いた。
顧問には二階俊博自民党幹事長が就いた。党内の枢要を担う幹事長が個別の議連顧問になることは極めて異例だと、自民党や厚労省の関係者は口をそろえる。
衛藤事務所によると、議連は既に同党内の議員に賛同を呼びかけたという。今後、地方6団体や、連合、経営者団体などにヒアリングを行う予定だ。
一方、議連には、厚労相経験者などいわゆる「厚労族」議員の名前はない。同省関係者はこれらの議員について、議連の主張には賛同しないのではないかとみる。(つづく)
〈見直しへ動き出した最賃制度〉下/特定最賃という妙手?/対応迫られる政党と労組
3月7日の自民党最賃議連の会合には、厚労省の労働基準局長と賃金課長が招かれ、制度について説明し、議員から質問を受けた。
坂口卓基準局長は同省のスタンスを問われ、「全国一律とするには諸課題を解決しないと難しい。全体を引き上げていく中で格差が縮まっていくというのが私たちの考え方だ」と慎重な姿勢を崩さなかった。
一方、賃金課長は制度の詳細を説明する中で、最賃の水準と若者の流出・入との相関の高さを指摘。海外の制度を紹介しながら「全国一律にするには適用除外も考えないといけない」と踏み込んだ。
そして後に問題となった発言が飛び出す。「頭の体操」と前置きした上で、昨年の入管法改正で新設された介護など外国人労働者の受け入れ14業種について、全国適用の特定最賃を入れる方向で「所管官庁と相談している」と述べた。
地方の人手不足対策として今後外国人労働者を受け入れても大都市に逃げられては意味がない――。これが議連の最大の目的だとすれば、全国適用の特定最賃新設の提案は理にかなってはいる。実際、日本医労連は昨年、人手不足・偏在対策として新設には至らなかったものの、看護師・介護職について同様の申請を行っている。
●地賃の全国一律回避?
しかし、全国適用の特定最賃は1989年に「非鉄金属」で改定したのが最後。効力のある業種は既にない。さらに経団連は特定最賃「廃止」の主張を近年強めており、各地で効力を失う事態が相次いでいる。純粋な意味での新設はこの約30年間、使用者側の反対で全てつぶされてきた。
会合後に課長は記者に囲まれ、地域別最賃の全国一律制よりも、特定最賃の全国適用の方が影響は小さく現実的だと説明。既に経団連や連合にも打診し良好な感触を得ていると述べた。その約1時間後に「業種別全国一律最賃を検討」との速報がインターネット上で流れ、各紙が追随。同省は「課長の個人的見解。同省として正式に検討してはいない」と、火消しに躍起となった。
連合の神津里李生会長は同日の定例会見でこの問題について問われたが、同省からの働きかけがあったとは認めなかった。連合担当者は「紙(文書)が提示されたわけでもなく、雑談程度の話。正式な打診とは認識していない」と話す。
全国適用の特定最賃新設の試案について、同省は課長の私見と説明しているが、同席した基準局長は議連会合で課長の発言を訂正していない。
●政治問題として急浮上
議連発足を受け、同省は4月、最賃の現行制度に関する有識者検討会を急きょ発足させる。人選は未定。現行制度と、海外の制度比較などをテーマに、最低賃金法改正の是非を検討するという。
最賃の最大時給格差224円をめぐっては、山形県知事、福井県知事が全国一律制が必要との意見を表明し、全国知事会など地方公共団体も最賃引き上げに言及するなど注目が集まっている。自民党のほかには、立憲民主党が2月7日に最賃に関するワーキングチーム(座長・末松義規衆院議員)を発足させた。全国一律制を含めて制度全般について検討するという。
7月には参院選が行われる。ちょうどその時期は、19年度最賃改定の目安を示す、中央最低賃金審議会の審議と重なる。最賃のあり方が政治問題として急浮上する中、政党や労働組合の対応が迫られている。(おわり)
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小谷隆 (月曜日, 24 6月 2019 13:17)
最低賃金を一元化したら企業は地方からどんどん撤退して、地域格差をさらに助長することになるでしょう。