米金融大手で日本経済の分析に従事したデービッド・アトキンソン氏(小西美術工芸社社長)が2月7日、母国である英国での最低賃金制度導入(1999年)とその後の効果を紹介し、日本の最賃制度の将来について助言した。自民党「最低賃金一元化推進議員連盟」発足集会での講演。
●最賃版逆生産性基準原理
英国では99年、当時の労働党ブレア政権の下、最低賃金制度が導入された。保守党政権だった93年に廃止されてから6年後の法整備だった。
米国と異なり、人口は少なく、国土も狭い欧州諸国では、経済成長は生産性への依存度が高い。アトキンソン氏は「最賃と生産性との相関性は大変強い。生産性を上げてから最賃を引き上げるという従来の発想を逆にして、最賃を引き上げることで生産性を強制的に上げることができるのではないか。これが制度導入のきっかけだった」と振り返った。最賃が実勢賃金に大きく影響するほどに引き上がれば、低賃金で人を働かせる経営は変革を迫られ、先端技術による生産の効率化が避けられないためだ。
それから2018年までに毎年平均約4%引き上げ、最賃額は2・2倍に上昇。賃金中央値の50%に達し、さらに政府は60%を目指す。一方、生産性も1・7倍と欧州諸国で最高クラスの伸びだという。同様の傾向はデンマークなど他の欧州諸国でも実証されていると述べ、「最賃は社会政策ではなく、極めて重要な経済政策に変わってきている」と強調した。
「雇用が減る」「失業が増える」という批判に対しては、「失業は増えるどころか減っている。1975年以来の最も低い水準の失業率」と反論。「アルバイト(臨時の不安定労働)で人を雇うメリットが減り、正社員が増えた」と効果を語った。一つのジョブだけでなく多くの仕事をこなしてもらいたいという動機が生じるためだ。
●狭い国でなぜ切り刻む
特に強調したのは、全国一律とすることの意義。英国でも99年当時、経済事情に応じて地域ごとに設定すべきという「抵抗」が強かったが、狭い国土で地域別にする理由はないとして実現したという。
アトキンソン氏は言う。
「事業の支払い能力をベースに据えれば、いつまでも生産性を上げる努力をしなくなり国全体の経済は崩壊する。貧富の差は広がり、弱い地域は補助金漬けでモラルハザードが生じるだろう。国策として最賃を上げるならば全国一律が必要だ」
●悪循環の渦にある日本
では日本の最賃制度は同氏の目にどう映るのか。日本の最賃の最低額は鹿児島の761円。九州各県は福岡を除き、ほぼこの水準に張り付く。同氏は、低い最賃が低い生産性と相関し、「地方衰退のきっかけになっている」と述べるとともに、大都市への人口流出を招いているとも指摘。経済の衰退と人口流出の悪循環が生じているとして、制度の見直しを促した。
全国加重平均の874円でも、賃金中央値の4割水準にとどまっているとし、「極めて低い水準だ。日本の最賃は高い人材評価と世界一乖離(かいり)している」と指摘する。国際的な調査機関による日本の人材評価度は世界第4位だが、生産性は28位。有能な人材を低賃金で使い、最先端の技術普及も行わないという経営者の無策を生じさせていると批判した。
今後生産年齢人口が減少し続ければ、2060年には社会保障を維持するのに必要な1人当たりの負担額は時間額で2150円になると試算。最賃をしっかり引き上げなければ、社会保障が崩壊することになると警鐘を鳴らした。
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