経営側の春闘指針となる経団連の2019年版経労委報告は、「ベアは選択肢」の一つとして多様な処遇を提起し、ベア重視からの転換を打ち出した。雇用も多様化・流動化を提起し、春闘では「自社型春闘」を前面に、共闘否定へ春闘の変質を打ち出しているのが特徴である。
●ベア軽視、多様な処遇へ
今年の経労委報告は、経団連の中西宏明新会長(日立製作所会長)の初の指南書となる。機軸はAI(人口知能)、IOT(ものとインターネットの結合)などソサイエティー5・0(人工知能など最新技術を駆使した社会)への転換に向けた、多様で柔軟な働き方を選択できる組織・職場・処遇である。経団連幹部は「従来システムの終わりの始まり」への提言と語る。
賃上げも「仕事・役割・貢献度」の成果主義型賃金制度を重視し、自社に見合った方法を重視。昨年までの政府要請や社会的要請は過去のこととしている。
賃上げ決定でも「総額人件費管理」と「企業の支払能力」を原則とし、「収益拡大か高水準の企業」について「ベアは選択肢の一つ」に転換した。一時金や諸手当込みなど年収べースの方法や、複数年方式などと多様化させている。
ベアも「定率または定額の全体的な水準アップ」「賃金カーブ是正」に加え、「若年層や子育て世代」「中堅・シニア社員」「優秀社員」への重点配分など分散させている。狙いは、全員の賃上げではなく、働く者の個別分断といえよう。
諸手当では「子育て世代への重点配分」や「介護手当」「疾病・傷病支援手当」を提起した。中小の賃上げを非難し、最賃も地域最賃の抑制と産別の特定最賃の廃止を主張。10%への消費増税と、社会保障制度改革を掲げた。個人消費の縮小が懸念される。
●「上げ幅」不足は不問
報告は賃金の「上げ幅」不足を不問に付しているのも特徴だ。14春闘から5年間の継続的なベアを総括し、「水準は大幅に上がっていながら、賃金の伸びは非常に緩慢」と指摘。その要因は「就業構造や産業構造の変化」としている。
しかし、賃金停滞の最大の要因は過小ベアによる賃金の「上げ幅」不足に陥っていることだ。経団連の調査でも5年間のベア平均は年0・36%、1096円にとどまる。
この結果、実質賃金はマイナスに転落。偽装された毎月勤労統計の修正後も18年はマイナスと予測される。賃金デフレは先進国で日本だけ。実質賃金向上へ最低でも「上げ幅」で物価分相当のベア獲得は組合の社会的責任といえよう。
●ゆがむ生産性向上運動
報告は例年以上に労働生産性の向上を強調しているが、「公正分配」は不問に付している。17年度の営業利益は12年度比で89%増だが、人件費はわずか4・9%増。一方で配当は67%増と分配はゆがむ。
内部留保も大企業では440兆円を超えながら、労働分配率は最低に転落している。昨年は「過剰な内部留保は許されず、人材投資(賃上げ)」と踏み込んだが、今回は蓄積に固執。社会的要請となっている内部留保を含む付加価値の還元に応えるべきだ。
●雇用システム変化も
ソサイエティー5・0時代を視野に、多様な雇用形態と雇用流動化を提起しているのが特徴である。
「多様で柔軟な働き方」では、テレワークや労働時間・職種・勤務地を限定した多様な正社員など提起している。「高度プロフェッショナル制度」(残業代ゼロ制度)の導入も重視している。
雇用システムのあり方では、新卒一括採用・終身雇用・年功型賃金の「日本型雇用システム」の見直しを掲げ、職務機軸の「ジョブ型雇用」への転換へ、雇用流動化も推奨している。
●「自社型春闘」へ変質
今年の報告の大きな特徴は、従来にはなかった「今後の春季労使交渉のあり方」という項目を設け、個別企業労使による「自社型春闘」を前面に打ち出していることだ。
そこでは、「春季労使交渉」が経営環境や働き方、賃金、生産性向上などを話し合い、良好な労使関係に寄与していると評価。その基本は「自社に適した社内の好循環」と、春闘の社会性に背を向けている。
自社型春闘は、97年にも労働組合の統一闘争を弱めるために提起され、その後の賃金低下への転換点となった。財界の春闘抑制戦略にほかならない。
すでに大企業では19春闘で相場けん引役のトヨタがベア額を示さず、諸手当込みの多様な賃上げに転換。自動車総連は統一ベアを見送り、単組自決の方向だ。経団連は連合の月例賃金の「上げ幅(ベア)」要求を「流れに逆行」と非難し、転換を迫っていることに注意が必要だ。
●春闘擁護へ共闘強化を
「労使交渉は転換点」として、中西経団連会長は「個社の交渉を闘争と呼ぶことに違和感」「統一交渉は成り立たなくなっている」と統一闘争と共闘を否定している。
経営側の春闘指針は今年で44年目。最初の75年報告は政労使一体で春闘相場を低位平準化に変質させた。今回は、ベア重視からの転換と「ベア非開示」による相場自体の分散解体と、相場形成波及構造の破壊など春闘の逆流・変質の指針にもなりかねない。
財界戦略の自社型春闘の拡大阻止へ、あらためて統一闘争と共闘を軸とする原点を踏まえた春闘再構築が重要となっている。(ジャーナリスト・鹿田勝一)
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