気ぜわしい年度末に、明仁天皇夫妻が皇太子時代も含めて11回目となる沖縄訪問を行った。
3月27日に国立沖縄戦没者墓苑で献花し、28日には日本最西端の与那国島を初めて訪れた。ちょうど2年前のこの日、与那国島で陸上自衛隊沿岸監視部隊が発足した。天皇夫妻自身の思いは分からないが、このタイミングでの与那国訪問は、南西諸島での軍備強化を進める側を勢いづかせることになるだろう。
●二つの判決の意味
28日付の琉球新報1面コラムはこう締めくくった。「許されるなら『最後の来県』を果たしたお二人にお聞きしたい。平成の30年、この国は沖縄を大切にしたと両陛下は思われますか」
天皇来沖直前に「この国」が沖縄を大切にしていないことを示す司法判断が相次いだ。
一つは国が沖縄県の岩礁破砕許可を求めないまま進めている辺野古新基地工事の差し止めを求めて、県が起こした訴訟の判決である。13日の那覇地裁判決は、漁業権の解釈などの判断を避け、行政が自らの権限を保護するために裁判所を利用できないという判例を根拠に、門前払いした。
●基地問題の歴史を無視
14日には、沖縄平和運動センター議長の山城博治さんら3人について、反対運動の過程での行動が威力業務妨害、公務執行妨害・傷害の罪に問われた裁判の判決が言い渡された。懲役2年、執行猶予3年の山城さん以下、全員が執行猶予付きの有罪判決。山城さんら2人は直ちに控訴した。
認定された被疑事実はゲート入り口にコンクリートブロックを積んで車両の進入を妨害したことや、防衛局職員の肩を揺さぶって約2週間のけがを負わせたとされることだ。
山城さんたちは、傷害の事実を否定しつつ、民意を無視して工事を強行していることに対する抗議行動であり、表現の自由だと主張した。そして、機動隊や海上保安庁職員を大量動員して反対市民を暴力的に排除している弾圧こそ問題であり、裁かれるべきは政府の側だと訴えてきた。しかし判決は、量刑の理由の中で「本件各犯行は沖縄県内における米軍基地反対運動の中で敢行されたものであるが、犯罪行為であって正当化することはできない」と断じた。
山城さんは何度も逮捕され、多くが不起訴となっている。その中でブロックを積んだ行為が起訴されたのは11カ月も過ぎてからだ。そして5カ月もの長期勾留は運動への弾圧として国際的にも批判されていた。沖縄の基地問題の歴史や抗議行動の背景を見ようとしない裁判所の姿勢は厳しい批判を呼んだ。
●米政府のご都合主義
17日には、2016年4月に発生した米軍属による女性暴行殺人事件を巡る新たな事実が報道された。損害賠償命令制度に基づき2月に賠償の支払い額が確定したが、米軍の直接雇用ではなかったとして米政府が支払いを拒否しているというのだ。裁判権では軍属として特権が与えられているのに、補償金の支払いでは拒否するという米政府のご都合主義が露呈し、日米地位協定の不備があらためて示された。
天皇が何度訪れようと、沖縄ではこんな現実が続く。多くの県民が、複雑な思いをかみしめながら天皇来県に接していることを、全国の人々に知ってほしい。(ジャーナリスト 米倉外昭)
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