長時間労働がまん延する医療の現場。特に、住民の医療を一手に引き受ける地域の病院は想像を超えるような厳しい状況に置かれている。勤務医の平野透さん(仮名)は「残業が200時間を超える月もある。自分が倒れたら救急医療も立ちいかなくなる。地域医療は既に限界を超えている」と話す。
●グレーゾーン多い業務
平野さんは現在43歳。内科医で腎臓内科・透析・HIV診療の責任者を務め、研修医らの指導も行う中核的な立場にいる。
勤務先は関東地方にある人口18万人の地方都市の病院。市内に大学病院はなく、地域医療の中心を担っている。
平野さんの一日はこうだ。毎日9時に外来の診療が始まるが、7時半には出勤して病棟の患者の状態を把握。8時からは各種の勉強会に参加する。それでも9時前の労働は勤務時間には含まれない。
16時半までの外来診療が終わると次は入院患者の回診で、勤務時間終了後も会議や、地域の医師会の研究会などに参加することも少なくない。「業務命令ではないが、地域の中心的な病院として周辺の病院との連携も必要で、欠かすことのできない仕事」。これらも残業時間とは見なされない。
●地域のために命削る
夜間の当直に入る場合、勤務する医師は2人。救急外来と病棟をそれぞれが担当する。市内で救急外来があるのはここを含めて3病院だけだ。ウォークイン(飛び込み)でやってくる患者や、入院や手術を必要とする2次救急。救急外来担当の医師が休憩に入ると、その間は病棟担当の医師が救急外来に回り、当直明けまで病棟と救急外来を1人で守ることになる。
当直明けは午後に帰っていいというルールがあるものの、「若手医師は帰すことができるが、自分のような責任者の場合、睡眠を取らないまま引き続き勤務することが当たり前。夜の会議にも出ないわけにはいかない」と平野さんは言う。
当直に入れる医師の数も恒常的に足りていない。患者の安全を考えれば3人以上の体制にすべきだが、そうした余裕はなく、病院長までが当直のシフトに入っているのが実態だ。
●女性医師には過酷
夜間の救急外来はコストがかさむため採算が取れず、近年廃止する病院も増えている。しかし、地域に大規模な病院がない地方都市では廃止すると悲惨なことが起こる。「この病院で救急外来をやめれば、患者は夜間に1時間かけて隣の市の病院に行かなくてはならなくなるし、その病院の救急外来がパンクしてしまう。地域住民のため、赤字経営で人員も足りないが無理に続けている状態。限界はとうに来ている」
ワーク・ライフ・バランスとは程遠い業務。続けられる人は限られている。平野さんは「医師免許を取得する女性は近年増加しているが、ここまで過酷な長時間労働では出産や子育てをしながらフルタイムでは働けない。医師免許取得者が増加しても、フルタイム換算した勤務医数は増えないだろう」と指摘する。
●名ばかりの働き方改革
政府が現在進めている「医師の働き方改革」については、「焼け石に水」と平野さんは考えている。「医師の絶対数を増やさなければ何も変わらない」という実感があるからだ。
「バスの運転手の過重労働が原因で死亡事故が起これば、国が規制に乗り出すのに、患者の命を預かる医師の長時間労働の改善はなぜ進まないのか」と憤る。
「欧米では当たり前の勤務間のインターバル規制がなく、当直後に意識がもうろうとしている医師に診療や手術をさせても違法にならないのが日本の現状だ」と嘆く。
平野さんは言う。
「医療の技術は格段に進歩しているが、治療を行う医師の数は欧米に比べて、がっかりするほど少ない。新しい治療法があっても、その技術を習得する医師が足りていない。医師不足で一番不利益を被っているのは患者だ。日本には憲法25条があり、国民の健康を守ることが定められているはず。国の責任で医師の労務管理や人員増に向き合うべきで、そうでなければ現状は何も変わらない」
コメントをお書きください