経営側の春闘指針となる経団連の2018年版経労委報告は、43年ぶりに賃金引き上げの数値を明記した。さらに内部留保の「賃上げ」活用も初の提起である。ただ、手当込みの多様なベアや、労働法制、福祉の改悪など課題も多い。
●「踏み込んだ呼びかけ」
経団連が春闘で「3%の賃金引き上げ」と数値を明記するのは1975年以来43年ぶりだ。
かつて74年のインフレ春闘では交運ゼネストを背景に32・9%(2万8981円)の賃上げを実現。これに対し、日経連(現経団連)は「大幅賃上げは国民経済の破壊」として、「75年は15%以下、76年以降は1桁台」とするガイドラインを設定。鉄鋼など政官財労一体の「管理春闘」で13・1%に抑え、その後に続く賃金抑制体制を構築した。
今回は、デフレ脱却を掲げる安倍政権の要請を経団連が受け、「従来に比べ踏み込んだ呼びかけを行った」としている。
この変化の背景に、「企業全体の収益は過去最高を更新しながら、国内総生産(GDP)の6割を占める個人消費の伸びは力強さに欠ける」とするアベノミクス破綻の繕いも指摘されている。
労働界が掲げてきた「賃上げこそデフレ打開の道」を認めざるを得なくなった結果でもある。政財界は明記した3%の賃上げを行い、「社会的な要請」に応える責務がある。
●従前の姿勢変えず
「3%」を示したとはいえ、その内容で「多様な方法」を提起していることに注意が必要だ。
賃金決定の原則は「総額人件費管理」「企業の支払い能力」とする従前の姿勢を変えてはいない。定昇や一時金、諸手当改定も「賃上げ」に含め、「自社の収益に見合った年収ベースの引き上げ」を提唱する。
「月例賃金」では、ベアは「定率または定額の一律配分」「若年層への重点配分」「賃金カーブ是正」「業績査定」などを挙げている。諸手当では「子育て層への重点配分」や「介護手当」の創設・拡充も提起した。時短による時間外手当の減少分を一時金や手当、ベアで配分することも初めて提起した。
経団連は賃上げについて「個人消費の活性化」と意義付けている。そのためには、企業規模間格差の大きい一時金や、特定層の手当ではなく、全員の賃金水準を引き上げるベアを重視すべきである。
連合要求のベア2%については「ハードルが高い」とし、中小労組の1万500円にも背を向けている。だが、経団連調査でも17春闘のベアはわずか0・32%(971円)に過ぎない。定昇を除き、少なくともベア1%、3千円以上など労働側の要求に応えるべきだ。
●内部留保活用を初提起
経団連が内部留保の「人財投資」(賃上げ)への活用に踏み込んだのも初めてである。
内部留保は406兆円と過去最高となり、批判が強まっていることに、「過剰に増やすことは投資家の視点から決して許されない」と指摘。その使途として、設備投資や海外企業の買収だけでなく、初めて「『人財への投資』も含めた一層の有効活用が望まれる」として、賃上げ原資に回すことを促している。
経労委報告で内部留保が初めて取り上げられたのは14年版。それまで野党や全労連、メディアなどが世論化してきた。今回は、経営側からの批判や、内部留保活用へ指針策定を検討する金融庁の動きもあり、世論を無視できなくなったといえる。
内部留保の還元では、わずか2・1%で2万円賃上げが可能。非正規労働者の正社員化や労働時間短縮など働き方の改善のほか、公正取引の実現にも還元すべきだ。
●労働法制の変質も
経団連は国会で最大の争点となる「働き方改革関連8法案」の「早期成立」を迫っている。
とりわけ重視しているのが労働時間規制を除外する「高度プロフェッショナル制度」(残業代ゼロ制度)と、過労死水準の残業上限容認である。非正規労働者の処遇改善でも「日本型の同一労働同一賃金」で、人材活用の違いによる格差固定化を狙っている。
加えて「働き方改革の推進と労働生産性の向上」ではAI(人工知能)、IoT(物とインターネットの結合)を口実に、「柔軟な働き方」を拡大させ、労働法制の変質をもくろむ。
最低賃金については、地域別最賃の抑制と、特定(産別)最賃の「廃止」を提起している。さらに消費税10%への引き上げと社会保障制度の抜本改革など、「将来不安」と個人消費縮小を招く暴論を展開している。
●潮目を変える春闘へ
経団連は「賃金引き上げをめぐる動向は潮目が変わりつつある」という。
アベノミクスの5年間で企業の経常利益は25・7%増、株主配当33・4%増、内部留保は42・4%増だが、人件費は5・1%増にとどまる。結果、付加価値に占める大企業の労働分配率は17年9月期で45・3%と46年ぶりの低水準に下落。生産性向上の「公正配分」は破綻状態であり、分配構造のゆがみは拡大し続けている。先進国でも賃金低下と実質賃金停滞は日本だけ。連合総研も「日本の賃金デフレは異常」と指摘する。
空前の内部留保と人手不足でも賃金劣化は深刻だ。経労委報告に見られる「潮目の変化」を追い風に、デフレ打開、過少ベア克服の相場形成へ、攻めの春闘を展開する時である。(ジャーナリスト・鹿田勝一)
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