前回の当コラムで、医療現場の幹部が働き方改革に後ろ向きな姿勢を取り上げて、「本気で取り組まなければ大変なことになる」と書いた。医療現場に限らないが、多くの働く現場では、形だけを整え、その中身が追いついていない状況がある。〃本気〃ではないのだ。そんななか、新潟県で看過できないことが起きた。
●また起きた悲劇
県教育委員会に勤務する40代の女性が年明けの1月5日、勤務中に倒れて意識を失い、死亡したのだ。女性は奨学金制度に関する業務を担当、奨学生募集が始まる年末は多忙だったという。県教委によると、女性の時間外労働は昨年4月に78時間、5月47時間、6月56時間、7月98時間、8月37時間、9月61時間、10月72時間、11月96時間、12月125時間――である。
一見して長時間労働であることが分かる。特に亡くなる直前の12月は過労死ラインの単月100時間を大きく超えており、その前の月もほぼ100時間残業している。年間を通しても過労死ライン近辺の残業を繰り返している。脳・心臓疾患の労災認定基準では、確実に過労死と認められる水準だ。
県教委は事態が発覚すると、女性の残業時間の記録を公表、過労死ラインを超え「公務労災」が認定される可能性を認めた。さらに、後日、勤務実態や労働環境を詳しく調べる調査委員会を立ち上げることを明らかにした。
●対策は早かったが…
異例のスピードで対応や対策が進んでいることが分かる。米山隆一知事も記者会見を開き、哀悼の意を表すると共に、詳しい調査と県庁全体の勤務環境改善を約束している。調査委設置には知事の強い意向があったとされる。
ここまでの対応を見れば、働き方改革が浸透したようにも見える。実際、過去、教育委員会はまともに労働時間を把握していなかった。過重労働で2002年に自死した同教委職員、大橋和彦さん(当時34)の遺族は情報公開や聞き取りなど大変な苦労をして労働時間を〃発掘〃。労災認定まで7年もかかったのだ。
●春闘の大きな課題に
しかし、大橋さんの母親は今回の件について「時間把握では一歩前進だが、過労死防止対策では私らの懸念が現実になってしまった」と怒る。労災が認められた後、母親は県などを相手取り、再発防止対策などを求め提訴、県が防止策を取ることなどで和解した。
しかし、和解後、県は遺族に具体的な防止策については一切説明しなかった。息子の死の教訓がどのように生かされたかを問う両親の質問に具体的に答えず、県は弁護士を通じて「和解したこと」と圧力ともとれる回答に終始した。遺族に、まともに説明もできない対策が今回の悲劇を招いたのではないか――。両親の疑念は深い。
亡くなった女性は1年近く過労死ライン近辺で働いた。労働時間を把握していながら、なぜ彼女に仕事が集中するのか、どう分散するのか、そうした具体的な対策を取らなければ労働時間把握も意味はない。「11月の記録を受け、保健師の面接は行った」(県教委)と言うが、翌月には100時間超の残業である。仕事内容に踏み込まないマニュアル通りの対応でしかない。遺族の言葉に耳をふさいできた県の責任は重大だ。
形だけの長時間労働是正を許してはならない。働く者の命を守るために、勤務記録をどう過労死防止に生かすのか、春闘で労使が真剣に語るべき課題だ。
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