人手不足だが、賃上げは鈍く、分配のゆがみは拡大している。その打開は、労働界だけでなく、日本の経済社会を含めた大きな課題となっている。原因究明と打開の方向を探った。
●経済財政白書も警鐘
連合のシンクタンクである連合総研の古賀伸明理事長は「人手不足でも実質賃金は低い伸びにとどまっている。賃上げで適正な分配を実現し、暮らしの底上げを」と提唱。UAゼンセンの木暮弘書記長も「人手不足で中小、パートなどの賃金は上がっているが、働く者全体の賃金はそうなっていない」と問題視する。
内閣府の2017年度経済財政白書も「企業業績は好循環でバブル期並みの人手不足であるにもかかわらず、労働者が受け取る名目賃金の伸びは穏やかなものにとどまっている」と賃金の停滞を指摘した。
毎月勤労統計でも9月の実質賃金は前年同月比で0・1%減と4カ月連続のマイナスに転落。一方、企業の純利益は17年9月期で前年同期比22・5%と高く、内部留保も403兆円と過去最高だ。ところが大企業の労働分配率は9月期で45・3%(中小は約75%)と46年ぶりの低水準となった。人手不足でも賃金の劣化が目立つ。
●自発的離職者が増加
雇用動向をみると、9月の有効求人倍率は1・52倍で43年ぶりの高水準である。正社員に限っても1・02倍と4カ月連続で1倍の大台を超えた。
労働政策研究・研修機構が行った昨年の調査では、人材(人手)不足と答えた企業は7割超で、従業員の25%が転職志向と回答。9月の雇用統計でも好条件の転職先を探す「自発的離職者」が増加し、企業にとっても人材を確保するためには、賃上げなど労働条件の改善が避けられなくなっている。
労働力人口が減少している今、かつてのように有効求人倍率の上昇が好景気を示す指標ではなくなりつつあるとも指摘される。
保安、建設・採掘、サービス業などは、非正規雇用が多い上、低賃金のために労働者の移動が激しく、慢性的な労働力不足から有効求人倍率が上がっている。医療・福祉分野でも国の社会保障費削減で賃金が抑制され、労働条件の問題などで労働者が職場に定着せず、有効求人倍率は高止まりし、賃金は低下している。
●おとなし過ぎる労組
「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」という本(慶応義塾大学出版会、玄田有史編)が4月に出版され、現在までに4版を重ねている。非正規雇用の増加や中間層の崩壊など多様な視点から、労働経済学者の論文16本を掲載。賃金表の変化から春闘のベア獲得と交渉の重要性を提言しているのが注目される。
「人手不足なのに賃上げが鈍いのは市場の規制緩和も影響しており、適切な規制の導入が望ましい」(阿部正浩中央大学教授)との指摘もある。「有効求人倍率が堅調なのに、なぜ賃金は上がらないのか。色々と説明が試みられている。もうけている大企業が成果を労働者に還元せずにため込んでいるのは問題で、そういう会社の労働組合もおとなしすぎる」との経済人からの苦言(朝日新聞7月8日)もある。
●OECDも労組に期待
17春闘でJR連合は人材確保と安全確保へ向け、協力企業の労組41組合(昨年38組合)がベアを獲得し、10組合でベア額が親企業を超えた。「(グループ企業経営者らと労組による)社長会などで意識の変化も見られる」という。
JMITU(全労連加盟)では、新卒採用へ初任給の1万2500円引き上げや、高齢者の雇用継続で3万円賃上げを実現した組合もある。流通、運輸、サービス産業労組で人材確保を背景にした交渉の成果も聞かれる。IT関係では10%の賃上げも報じられている。
国際経済が専門の浜矩子同志社大学大学院教授は、雇用は伸びているのに賃金が上がらない不可思議な謎解きの一つの鍵として、「労組の団体交渉力にある」とする経済協力開発機構(OECD)の17年版「雇用アウトルック」を紹介。日本に労組待望感が波及していないのは情けないこととした上で、「日本こそ、労組の復権が待望されているのではないか。しっかりすべし」と、「労組待望論の時代」(東京新聞9月17日付)でエールを送っている。
●労働法制の破壊狙う
一方、安倍政権と財界は人手不足が成長の制約にもなりかねないとして、労働力確保と生産性向上に向けて、労働時間規制の適用除外や、「時間と場所を選択できる柔軟な働き方」「雇用によらない働き方」の推進など、労働法の適用を外す改悪も狙っている。
人工知能(AI)やIoT(物とインターネットの結合)の活用による人員削減の動きもある。雇用構造の変化や、労働法制の変質・破壊の策動には要注意である。
●総合的な課題解決を
構造的な人手不足を生かす、労働組合の組織力と闘争力の強化が課題だ。
雇用と賃金の関係や分配構造の是正、非正規労働者の正規化、労働法規制の強化、経済社会政策の改革など総合的な課題解決が重要となる。賃金水準の向上へ企業横断的な賃上げの波及構造の構築も重要課題となろう。
18春闘では、賃金劣化と分配構造の是正へ、底上げと賃金水準の大幅引き上げと併せて、働き方の改善や労働法制の変質・破壊阻止を結合した闘いが求められている。(ジャーナリスト 鹿田勝一)
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