戦時中、朝鮮半島から多くの労働者を炭鉱や建設現場などに強制動員した「徴用工問題」が日韓で政治問題化しつつある。
韓国では「被害者の個人請求権は消滅していない」とする大法院(最高裁)判決が2012年に出され、文在寅(ムンジェイン)政権はこれを支持。一方、日本政府は「日韓請求権協定で解決済み」を崩していない。しかし過去の説明に照らすと、両国の主張とも一貫性が欠けている。
●放棄・非放棄を使い分け
日本政府が「解決済み」とする根拠は1965年の日韓請求権協定。その第2条には「両国及び国民の請求権問題(は)…完全かつ最終的に解決」と規定されている。サンフランシスコ講和条約(1951年)でも、請求権放棄の条項が規定されている。
これらの条約の解釈について日本政府は以前、「個人請求権は含まれない」と百八十度違う主張を展開していた。
日韓請求権協定締結の際に外務省は、日本人が朝鮮半島に残してきた財産の取り扱いを念頭に、「協定で放棄したのは外交保護権※に過ぎないので、日本政府は補償しない」と説明していた。〃韓国政府に個人として賠償請求をしろ〃という意味だ。
90年代に入っても政府は「協定により個人の請求権を国内法的な意味で消滅させたものではない」と国会答弁している。
被爆者が日本政府を相手に損害賠償を求めた原爆訴訟(1963年、東京地裁判決)でも、政府は「国民個人の米国に対する請求権は、講和条約により放棄されたものではない」と主張してきた。
戦後補償問題を考える弁護士連絡協議会の高木喜孝弁護士は「政府は、日本人による補償請求については〃個人請求権は放棄していないので賠償請求は外国政府に求めるべき〃と主張。一方で、米国やオランダ、韓国、中国の被害者からの訴えについては〃個人請求権は放棄されているので、日本を訴えることはできない〃と主張している。自らの都合で条約解釈を使い分けている」と批判する。
一貫しているのは「日本政府は個人補償をしない」という立場だけだ。
※外交保護権=外国の国際法違反により個人が被害を受けた場合、その個人の属する国が、国際法違反をした国に対して責任を追及する権利。国際法で認められている。
●韓国見解も二転三転
個人への戦後補償問題に関するスタンスは、韓国政府も二転三転してきた。日韓請求権協定の交渉過程で韓国政府は「個人補償は韓国側が行う」と主張。協定後の国内法も「民間請求権は、日本からの資金で補償」することを明記した。
慰安婦問題がクローズアップされる中、90年代には「個人請求権は残っている」という主張にいったんは転じる。しかし、盧武鉉(ノムヒョン)政権時の官民共同委員会は2005年、「慰安婦問題などは日韓請求権協定に含まれていない」とする一方で、徴用工への補償については韓国政府の道義的責任を指摘。2009年に韓国政府は「元徴用工の未払い賃金などの請求権は請求権協定で受け取った資金に含まれている」との見解を公式表明している。
日本加害責任を追及する立場で、戦後補償問題に取り組んできた市民団体の戦後補償ネットワーク世話人代表・有光健さん(大阪経済法科大学客員研究員)は「韓国政府の立場がその時々で変わり、〃ゴールポスト〃が動いてきたのは間違いない。韓国政府の対応のまずさが問題をこじらせている」と指摘する。
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