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    インタビュー/「手当部分は評価」/働き方改革実行計画・下/野田進九州大学名誉教授に聞く

     この秋、労働契約法改正などの根拠法が国会に提案される同一労働同一賃金ガイドライン案。野田進九州大学名誉教授(労働法)は賞与を含む手当で不合理な格差を認めないとした点を評価する一方、普遍的な原理である同一労働同一賃金の概念を生産性の向上という経済的要請のために利用することに疑問を投げかける。

     

     ――同一労働同一賃金ガイドライン案の評価は?

     厚生労働省は近年、職務評価や職務分析に関する研究をしていましたが、そうしたものを全く無視して作られています。

     「同一労働同一賃金」という概念は、男女差別や国籍差別などをなくすための普遍的な原理です。時間外労働の上限規制と同じように、これも歴史的経緯を知らないまま、見つけた言葉を便宜的に借用したという印象です。「生産性の向上」という経済的要請のため、この言葉を掠(かす)め取って利用しようとしているところに浅薄さを感じます。

     基本給については、現状を変えるものではありません。労働条件の相違が不合理であってはならないという労働契約法20条の考え方を、職業経験・職業能力、業績・成果、勤務年数の賃金の決め方の諸要素に分類して整理。正規社員と違いがあるならば、相違に応じて支給しなさい、と言っているだけです。

     そもそも多くの非正規社員は経験や能力を評価する賃金体系がなく、業績・成果の評価もされていないため比較が成り立ちません。同一か否かの判断のしようがないのです。また、これらの要素は、使用者の評価によるところが大きく、それを否定する根拠もないため、比較が困難です。

     実際の賃金体系は、それぞれの要素が組み合わされています。ガイドライン案は要素ごとに違いがある場合に「相違に応じた支給」を求めていますが、違いに比例した支給が可能なのかどうかも疑問です。

     せいぜいあるとすれば、勤務年数、正規社員に定期昇給制度がある場合、非正規社員が定期昇給を求める根拠になるかもしれないという程度です。

     ――手当については?

     改革といえます。合理的理由のない相違は認めない内容です。労働契約法20条違反が問われた東京メトロコマース事件やハマキョウレックス事件の裁判の判決※は、ガイドライン案の内容が法制化されれば、労働者に有利な内容に判断が変わると思います。

     そのため、住宅手当などの手当をなくす動きが出てくるかもしれません。合理的な理由なく、非正規社員だけに支給しないことは許されなくなります。職場全体の処遇に目を配らなければなりません。

     派遣労働者の処遇については踏み込んでいます。その後の労働政策審議会の報告書では、派遣先労働者との均等・均衡を図るか、労使協定によって一定水準を満たす処遇とするか――のいずれかを採用する「選択制」を提起しました。欧州の水準には遠く及びませんが、ようやく格差是正に動き出すような気がします。

     ――使用者への立証責任ではなく、説明義務を課すということになりました

     効果はあまり変わらないでしょう。例えば解雇の裁判であれば、労働者に解雇権乱用だという主張を立証する責任があるのでしょうが、使用者側もそうではないということをきちんと主張・立証しなければなりません。使用者に説明義務を課していることは、労働者による立証に有利に働きます。

     ――賞与については「業績に応じて支給している場合」と限定しているようにもみえます

     賞与が手当の一部に入れられたのはよかったと思います。日本の査定制度は昇給・昇格と賞与に用いられています。「業績への貢献に応じて支給している場合」と限定されているようにみえますが、評価の仕方が正規と非正規で違ってはいけないということ。見るべきところはあると思います。

     

    ※東京メトロコマース裁判

     地下鉄・東京メトロの駅構内の売店で働く契約社員4人が正社員と同じ業務なのに、処遇に格差があるのは労働契約法20条に違反していると訴えた裁判で、東京地裁は3月、原告の訴えをほぼ退けました。原告は基本給や賞与、退職金、住宅手当、報奨金の格差は違法と主張しましたが、判決は時間外割増しの差のみを違法と判断しています。

     

    ※ハマキョウレックス裁判

     有期契約の運転手が処遇格差は労契法20条に違反すると訴えた裁判で、大阪高裁が昨年7月、無事故手当や作業手当、休職手当、通勤手当について正社員との格差を違法と認めました。一方で、住宅手当、皆勤手当については人材活用の仕組みの違いを理由に違法ではないと判断しています。