経済産業省内の「雇用関係によらない働き方」に関する研究会が3月末に報告書をまとめている。安倍政権の「働き方改革」とセットで進める意向だ。報告書は何を目指しているのだろうか。
●労働法は適用除外
Q 「雇用関係によらない働き方」って何?
A 個人請負のことだ。企業などに雇われ、指揮命令を受けて働くのが雇用労働者。そうではなく、自営業・フリーランスのような形が想定されている。「労働者」とは扱われず、労働基準法や最低賃金法などの労働法は適用されない。
報告書は、育児や介護などで時間に制約のある人や、企業に従属せず自らの意思で働きたい人にとって「重要な選択肢」になるという。「1社就社」タイプでは、インターネットなどのIT技術が進展する今の時代に対応し切れず、企業には多様な外部人材の活用が求められるという指摘だ。
「こんな仕事ができます」という人と、「こんな仕事ができる人がほしい」という企業とをマッチングさせる民間仲介業者のサービスが既に始まっている。ただし、職業紹介とは異なり、就職が目的ではない。「ウェブサイト制作」など依頼された仕事をこなすことだけが求められる。現代版の内職だと考えれば分かりやすいかもしれない。
●リストラと一体で
Q 個人請負がなぜ注目されているの?
A 安倍政権が「働き方改革」を打ち出したことが大きい。
経済産業省は15年以上前からこの問題を検討してきた。例えば2002年に出した産業構造審議会の小委員会報告。米国にならって、ホワイトカラーの業務を外部委託(アウトソーシング)し、その受け皿として個人事業主などの活用を提起していた。
今回の報告書でも「従来型のミドルスキルのホワイトカラーの仕事は大きく減少していく」「外部に切り分けた方が効率的な業務は…外部に切り出していくなど、従来の手法の見直しを進めていくこと」がうたわれている。その上で、「今後は海外も含めたグローバル市場において、請負形式による、雇用契約によらない働き方が広がっていく可能性が高い」と指摘する。
ホワイトカラー業務のリストラ・外部委託化と一体という点は、15年前の報告書と共通している。
●派遣よりも便利?
Q 外部人材の活用というなら派遣でもいいのでは?
A 経産省の研究会は、フリーランスなどの外部人材を活用している企業に、どんなメリットがあるかを聞いている。
そこでは「専門性の高い人材が得られる」「必要な人材を必要な期間にオンタイムに得られる」「雇用者と比べ、必要な費用がかからない(社会保障・人材育成費を含む)」などが利点として挙げられている。
これらの指摘は、派遣労働を導入する際にも言われたことだ。今、労働者派遣法は相次ぐ規制緩和で、企業にとっては、かつてなく使い勝手のいいものになった。派遣労働を活用すればいいようにも見える。
要は、個人請負の方が、派遣労働よりも使い勝手がいいということだろう。規制の緩い派遣法であっても、派遣労働者はあくまで労働者である。企業は最低賃金や時間外割増などの規制を免れることはできない。労働者扱いしなくて済む個人請負の方がよりメリットがあると見られているのだ。
●働き手保護は消極的
Q 働く者にとってのメリットは?
A 報告書は「自宅でも作業できる柔軟な働き方」が、働く者にとってのメリットだと強調している。
一方、課題も指摘している。研究会が行った4千人へのアンケート調査では、「収入の不安定さ」「収入の不十分さ」に対する強い不満が明らかになった。企業からの支払いが滞った場合の対応や、労働災害時の保障を求める声も多い。労働法で守られず、個人で企業と向き合わなければならない働き方である以上、どうしても立場は弱くなる。
報告書はこの点でどう対応しようとしているのだろうか。
報酬の不安定さ・不十分さについては「下請法の適用対象であれば、その遵守を求める」「報酬支払遅延等をカバーする金銭的補償手段の開発」などを挙げるだけ。「官民による教育訓練の場の提供」も提起しているが、スキルを上げれば報酬が上がるという保障はない。派遣の世界でも、ベテランの専門職労働者が安く使われ、捨てられることが少なくない。
報告書にはこんな指摘もある。
「従属性を前提として働き手の保護を求めることは、こうした(個人請負の)働き方の自律性を失わせる可能性もあることに留意が必要である」
つまり、働き手への保護強化には慎重であるべきだという考え方である。
●請負偽装が懸念
Q どんなことが心配されるの?
A 保護が不十分なまま個人請負を広げれば、少なくない弊害が心配される。
高い能力と交渉力がある一部のフリーランスは、企業と対応に渡りあえるかもしれないが、多くは企業より弱い立場に置かれる。報酬の引き下げや不払いなどのトラブルが増えるだろう。
さらに、企業の指揮命令を受けて働いているのに、個人請負だと偽装する行為が考えられる。これまで会社でやっていた業務を、自宅などでの勤務(テレワーク)に切り替え、雇用契約も請負契約に変更するリストラが心配される。働き手は同じで勤務場所が違うだけというケースだ。
IT技術の進展により、テレワークでも働き手への指揮命令は可能だ。雇用労働者として扱うべきなのに、あえて個人請負に切り替えて労働法の適用を免れようとする事態が横行しかねない。
●普及を優先
Q 働き方改革実行計画との関係は?
A 安倍政権の「働き方改革実行計画」(2017年3月閣議決定)には、「柔軟な働き方がしやすい環境整備」の項目がある。具体的には(1)雇用型テレワーク(2)非雇用型テレワーク(3)副業・兼業――がうたわれている。長時間労働を招かないような配慮をしつつ、「普及を加速させていく」という。
「雇用型テレワーク」といっても、本当に雇用労働者として扱われるのかどうか。厳格な基準があるわけではなく、不透明だ。まして彦用型テレワークや副業・兼業となれば、個人請負になるのは必至。特に非雇用型テレワークについては、現在も「不当に低い報酬やその支払いの遅延」などのトラブルがあることを認めながら、法的保護の必要性に関しては「中長期的課題として検討していく」として先送り。「保護」より「普及」を重視しているのが特徴である。
実現計画では、同一労働同一賃金や長時間労働の是正といったテーマが注目されがちだが、個人請負など「柔軟な働き方」の提起を軽視することはできない。
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