介護業界では、元々深刻だった人手不足が労働需給の逼迫(ひっぱく)でさらに悪化し、事業所の倒産、統廃合を招いている。処遇改善による人材確保が必要だが、低い介護報酬がネックとなっている。国内で介護従事者を最も多く組織するUAゼンセン日本介護クラフトユニオン(NCCU)の染川朗事務局長は「今春闘を来年の介護報酬改定の前哨戦としたい」と語る。
――人手不足の現状は?
悪化している。人手不足が事業所の閉鎖、倒産に結びついている点がさらに深刻だ。東京商工リサーチによると、2016年の介護事業者の倒産件数は過去最多。NCCU内でも今期(昨年8月以降)だけで事業所閉鎖など4分会21件の合理化事案が発生し、雇用確保に奔走している。
介護事業は人員の指定基準が厳格に定められている。訪問介護事業であれば、訪問介護員を常勤換算で2・5人以上配置しなければならない。0・5人欠けても事業は続けられなくなる。相次ぐ離職で基準を割り込み、統廃合せざるを得ないケースが増えた。統合できればまだ良く、統合先がなく雇用を失うこともある。
需要はあるのに人手が足りないために事業閉鎖や不採算に追い込まれている。社会にとっても損失だ。
残された職員は、月給制、時給制ともに労働時間が長くなるなど、明らかに負荷がかかり始めている。離職が次の離職を生む負のスパイラルに歯止めをかけなければならない。
●将来不安が最大の障害
――介護はやりがいのある仕事だが、続けられないといわれます。
最大の問題は将来不安。入口の賃金は低くないが、その後が伸びない。10年選手でも新人とほとんど変わらない。「賃金が他産業と同じくらいだったら辞めなくて済んだのに」という声をよく聞く。一時期騒がれた、男性の結婚退職も過去の話ではない。
2009年以降の国の交付金や介護報酬の処遇改善加算によって賃金は上昇した。しかし他産業も上昇しており、格差は改善どころか拡大傾向にある。
「将来を見通せる処遇が必要だ」と定期昇給制度の整備を訴えているが、一般の企業のように毎年昇給する制度の実現はほとんどない。ただ今年新たに設けられる処遇改善加算(月1万円程度)は、「一定の基準に基づいて定期的に昇給させる仕組み」の整備を申請の条件としているので、それを契機に少しでも制度整備につなげたい。
――月給制で1万円、時給制で60円の引き上げを毎年要求されています。
私たちは交渉で利益の配分を求めるのではない。他産業に比べて、月給で8万円、年収で140万円もの格差があり、その是正を求めるものだ。この考え方は経営側にも理解されてきている。
人材確保には相応の処遇が必要という点でも、経営側と認識が一致している。だから同業他社より少しでも処遇が優位になるよう努力を求めてきたし、生産性向上で協力もしている。昨春の交渉ではマイナス改定でありながら、前年よりも原資持ち出しの回答が増えたのは、経営側の危機感の表れだったといえる。
だがそれも限界がある。収入に対する給与比率は訪問介護事業であれば8割前後にもなる。特別養護老人ホームや通所施設でも6割超。収支差率は数パーセントしかなく、賃金を一部の職種で上げれば、他を下げなければならないほどに余裕がない。設備投資などの費用を考えれば、経営努力による改善は限界を迎えつつあるといえる。
●現行制度は陳腐化
――15年の介護報酬マイナス改定の影響は?
赤字のところにさらに赤字を増やした。経営指標の数字は軒並み落ち込んでいる。介護事業は「官製ワーキングプア」だと言っている。職員の処遇は介護報酬でほぼ全て決まるのだから、国の責任は大きい。政府は大企業には賃上げで内需拡大といいながら、介護労働者にはほんのわずかしか手当てしないというのはいかがなものか。
――来年は介護報酬改定です。
基本報酬を引き上げないとどうにもならない。現在の処遇改善加算の制度は既に陳腐化している。賃金を引き上げた事業所について報酬を加算する制度だが、元の賃金水準の高低は問われない。一時金を減額して賃金を上げ、加算分を申請するやり方も横行した。社会保障審議会介護保険部会で弊害を指摘し、昨春歯止めをかけさせたが、抜け穴もあり、課題は多い。
加算対象を介護職に限定していることも問題だ。介護はさまざまな職種に支えられている事業。その点をしっかり考慮した制度にすべきだ。
国が賃金の「上げ幅」だけに関与するやり方は限界を迎えている。これは私見だが、介護事業のあるべき賃金水準を定め、そこへの到達を保障する制度にすべきではないか。
昨年末、介護保険部会が取りまとめた意見には「更なる処遇改善に引き続き取り組む」との文言を、私たちの代表の奮闘で書き加えさせた。介護事業の今後にとって、来年の介護報酬改定が勝負。その前哨戦となる春闘を展開したい。
コメントをお書きください