イスラエルに本社を置く半導体大手タワーセミコンダクターの日本法人が2014年に兵庫県西脇市にある工場の閉鎖と880人全員の解雇を行い、連合と連合兵庫などがOECD(経済協力開発機構)多国籍企業行動指針違反を追及していた紛争解決手続きが終結した。外務省などでつくる関係国との連絡窓口「日本NCP(ナショナルコンタクトポイント)」が9月30日、最終声明をまとめた。一部課題が未解決なままでの手続き終了に、戸惑いの声も聞こえる。
今回の提訴は、集団解雇を行う多国籍企業に対し、事前の予告と「悪影響を緩和する」ための労働者や政府との協力を定めた多国籍企業行動指針への違反を問うもの。イスラエルも加盟するOECDの紛争解決機能を活かす取り組みだ。
タワー社は14年、家電大手パナソニックとの間で国内に合弁会社を設立。その一方で、同年7月、西脇工場を閉鎖し従業員全員を解雇した。規定の退職金の半分を1カ月以内に、残る半分を6カ月以内に支払うとし、資金調達ができない場合は別途協議するという、ずさんな内容だった。
連合は14年8月に同指針違反で問題提起(提訴)。NCPが翌年1月、検討開始を意味する「初期評価」を示した翌月、退職金が規定通り満額支給された。同11月、日本法人CEO(最高経営責任者)の退任を前に兵庫県労働委員会によるあっせんが終了。平均賃金3カ月分の退職金上乗せ要求の交渉が残されており、NCPはタワー社らに協議を打診したが、同社はこれを拒否した。手詰まりの日本NCPは9月、「一定の進展が見られた」として最終声明をまとめた(表)。
連合は最終声明を出すことに反対し、交渉を誠実に行っているとの同社の主張は「事実ではない」との見解を声明に書き込ませた。
●「逃げ得」は許さず
連合兵庫北播地域協議会の担当者は「タワー社を逃がさなかったという効果はあった」と指摘する。親会社CEOが出席したのは提訴前の初回交渉だけ。裁量権を持たない、日本法人の担当者が対応する中、退職金支給、再就職あっせんにこぎ着けたことを評価する。
他方、上乗せ分の交渉を残しながらの対応打ち切りに戸惑いもある。日本法人は既に解散。親会社の責任を問うことになるが、イスラエルにある同社を日本の救済機関の席に着かせるのは容易ではない。10月下旬に予定している交渉での対応が注目される。
退職一時金の要求は平均賃金の3カ月分。整理解雇による上積み分としては決して高くはない。親会社は健在だ。三村敏事務局長は「(別の合弁を進めた)事業ベースで決めた自主的廃業。不渡りを出して倒産したわけではない。日本の雇用慣行を踏まえない、こうしたやり方を見逃してはならない」と語っている。
〈解説〉救済機関の実効性確保を
連合が「残念」(逢見直人事務局長談話)と評した日本NCPの対応は、OECD多国籍企業行動指針の今後の運用を考えるうえで課題を残した。
同指針は、現存する多国籍企業の紛争解決機関の中では、最も優れた制度とされる。追跡調査・報告を行う手続きがあり、各国の連絡窓口(NCP)の対応次第では効果のあがる仕組みが期待され、実際に成果を上げてきた。
しかし、日本NCPが機能しているかについては批判があった。国際飲料大手「ネスレ」の事例では、初期評価を示したのは提訴から2年後。国会で取り上げられてようやく動いた。全面解決にはさらに6年を要したが、関係者によると、最終声明(手続き終了)を急ぎがちな外務省を、申し立て組合が懸命に押しとどめていたという。
国内労組による提訴は今回で2例目。これを機に、制度を検証する必要があるのではないか。NCPは外務、経産、厚労の縦割りで対応が遅いという不満が聞かれる。今回、「12カ月以内に手続きを終了するよう努める」との指針を持ち出し、未解決ながら終結を急いだのは、お役所主導の限界にも映る。NCPに、労使団体をはじめ、NGOやNPOなどの民間団体が加わり、解決機能を高めている欧州諸国の事例も参考にしたい。
多国籍企業をめぐる紛争は今後増加が見込まれる。雇用や環境、地域経済など社会的責任からの「逃げ得」を許さない民主的規制として、一層の実効性確保が求められている。
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